十二
同席している人間の中で一番年齢の近い俺からしてレヴァンドフスカの話相手をする気がない。どうもこの小娘は父親と同年代の男性に親しみを感じないようで、ゴルツ大使が話題を振っても、はいといいえ程度しか答えない。ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵は、未婚女性に変に期待を抱かせないようにか、ラ・パイーヴァしか眼中にないと証明しているのか、男性の若い女性への好奇心――好色な想像を含んだ視線――を一切投げ掛けない。
同性のラ・パイーヴァとフロイライン・セッケンドルフは年弱の可愛いお嬢さんと好意的な眼差しを向けているが、それはお友だちになりたいなんて甘さからではない。雛鳥が羽ばたきの真似事をしているのを、わざわざ意地悪しないだけの分別があるからに過ぎない。大人ばかりの場で、若さの盛りよりも未熟さを晒し、これから伸びる才や艶やかさを身に付けられるか、品定めされているようなものだ。
「俺も仕事だと我慢している。貴女ももう少しの辛抱だ」
レヴァンドフスカは扇を使って顔を隠しながら、大きく溜息を吐いた。
「大粒のダイヤモンドを幾つも飾っていても、羨ましくないと思っているから、褒められないし、結婚しないで清々すると言われてもどう答えたらいいか判断が付かないから、何も言えない。
会話は深刻に進めるものじゃないと教えられているけれど、どう答えたらいいか、どう話し掛けたらいいか……」
迷ってしまって結局黙り込んでしまう、としまいには小娘は口の中でぶつぶつ呟いた。
「ダイヤモンドは素晴らしい輝きを持つが、やはり年配の女性が身に付ける品だから自分は今晩使わなかった。語り合う家族がいなくて日常退屈せずに暮らせるのか、遠慮しないで言えばいい」
レヴァンドフスカは驚いたように俺を見て、顔を赤らめた。はしたない話題だったか?羽の生えそろったばかりの雛に、優雅さの中に猛禽の如き爪を隠すラ・パイーヴァと、派手に行くのは人に任せる、自分は自分と孔雀の雌のようなフロイライン・セッケンドルフは、小娘の気の強い発言など笑ってやり過ごしてくれるだろう。それくらい余裕のある大人だ。
そろそろ席に戻ろうかと小娘を見ると、小娘は何かに気を取られたかのように別方向に目を向けていた。
「誰か知り合いでも?」
小娘ははっきり答えなかった。
「あっと思ったのだけど、一瞬だったから、見間違いかも知れないわ。追い掛けて確かめて、挨拶する必要のない方だし」
いちいち小娘の言い分に付き合ってやる義務はない。面倒だと苛立ってはいけないと、自分に言い聞かせる。
「問題ないのなら、席に戻る」
レヴァンドフスカは黙って俺の腕に手を置いた。
ボックス席に戻れば、戻ったで、歌劇の原作となっているシラーの詩や、ユゴーの『エルナニ』の話になっていた。さて、俺も是非加わりたいのだが、同伴者はこの手の話題には付いていけそうもない。エスコートする側だが、放っておきたい。
「盛り上がっているようですね」
小娘を席に着かせて、声を掛けた。
「歌劇の作曲者がイタリア人で、万博に合わせての作曲だから、『ドン・カルロ』がフランス語での上演なのは残念と話していたのです」
「『ウィリアム・テル』も確かフランス語かイタリア語で作曲されたのでは?」