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君影草  作者: 惠美子
第三十章 男心は一つ所に落ち着かぬ
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「貴方とこれまでお付き合いしてきた女性はきっと我慢強い方なんだわ」

 嫌味としては充分だが、跳ねっ返りらしくなく、強い日差しの下に晒された切り花のように精彩に欠ける。小娘にとってもこの外出は不本意なのか、単に気分が優れないのか、俺には判らない。

 馬車でオペラ座に着き、伯爵令嬢の手を取り、ロビーを歩みながら、ゴルツ大使やヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵を探した。まだ席には上がっていないだろう。ぐるりと見回し、大使たちを見付けた。小娘と共にそちらに進む。大使たちも俺たちに気付いた。

「ご機嫌よろしう」

 ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とラ・パイーヴァがまず声を掛けてきた。次いで大使とその連れ。

「ご機嫌よう、初めての方もいらしているのですから、まずご紹介とまいりましょう」

 ゴルツ大使はヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵に目配せし、伯爵は肯いた。大使は自分自身、俺、レヴァンドフスカ、大使の母方の従妹のフロイライン・イレーネ・フォン・セッケンドルフ、ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とその世話を受けているテレーズ夫人と、軽口を交えながら順序よく紹介していった。

 それぞれがにこやかに初対面の挨拶と握手を交わした。大使の従妹とやらは子爵令嬢で、自分名義の財産があって、独身で気楽に生活していると笑って言った。結婚したら、財産の管理を配偶者に取り上げられかねないから、手慰みでも若い女性に刺繍やピアノの手ほどきをして、悠々と一人でいた方がマシだと、実にあっけらかんと本音を語った。見ず知らずの若造からそれなりに財産のある老嬢と目を付けられるのが嫌なのか、自身から予防線を張っているが、こちらはフェリシア伯母やアグラーヤを知っているから、結婚しない、希望しない女性に偏見はない。むしろ俺の方こそ話題に気を遣わなくて済む。

 ラ・パイーヴァはフロイライン・セッケンドルフに好感を抱いているように接し、フロイライン・セッケンドルフもまたラ・パイーヴァが何者かなど全く気に留めていないようだ。小娘は二人の大人の女性を珍しそうに眺めている。小娘が親の定める縁談に従うよりも自由な生き方に憧れを感じ始めたら、大使やレヴァンドフスキ伯爵の思惑から外れてしまうだろう。それはそれで面白いかも知れないが。

 そろそろ開演の時間だからまいりましょうと、ラ・パイーヴァが促した。

「ではまいりましょう」

 ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵も同意し、かれの貸し切っているボックス席へと移動した。伯爵の借りている席――、決して平土間などではない。借りるのに多額の金銭を支払い、そして舞台からも周囲の客席からも目立つ場所に決まっている。

 今晩のオペラ座で、巴里の高級娼婦ラ・パイーヴァと同じボックス席にいるのは後援者の伯爵と、誰と誰だろうと社交界の事情通は観察し、知りたがるだろう。駐仏プロイセン大使のゴルツ伯爵とその従妹はヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵と故国でつながりがあると見られるから構わない。外交官が劇場で目立って害はない。フランスの諜報担当のリオンクール侯爵とマダム・ド・デュフォールと顔見知りなのだから、今更顔を見られて困るものでないが、大使のおまけで来ている俺はなるべく目立たないようにしていよう。

 小娘はプロイセンの貴族で、美人の部類だ、このボックス席に招待されてきていると周りから注目されればいいと、安直に父親は考えたかも知れない。またゴルツ大使が淡い期待を抱いたように、ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵の目に留まらないかと。レヴァンドフスカの瑞々しい若さと代々受け継がれてきた青い血の麗質は認めるが、親の欲目としか言いようがない。頭の中身が磨かれていなくては、人形と変わりがない。

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