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君影草  作者: 惠美子
第三十章 男心は一つ所に落ち着かぬ
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 夏の夜は日が落ちると風が涼しくなる。月は帽子を目深に被って少ししか面影を見せてくれない。夏の星座が煌めき、下界では負けじと街灯が道を照らす。

 心地良い宵。このような晩は気の合う相手と食卓を共にして会話を楽しみたいものだが、宮仕えは厳しい。

 夏向けに軽い素材を使って誂えた服を着て、大使館の馬車を借りて迎えに行くのは、ヨアンナ・レヴァンドフスカ伯爵令嬢で、ベルナデットでもアンドレーアスでもない。愛想を良くしてやる気にならない。小娘が泣き出したら、なだめるのが面倒だから、最低限の礼儀は尽くそう。

 礼を失した言葉を心中呟きつつ、自分を何とか鼓舞して、レヴァンドフスカの滞在しているホテルリーヴルに着いた。

 ホテルでレヴァンドフスカに俺が迎えに来たと伝言を頼むと、テレーザとかいった小娘の侍女がやって来た。

「若旦那様がご挨拶したいと申しておりますので、ご足労ですが、お部屋までいらしてください」

 兄貴はホテルに居るのか。

「ええ、まいりましょう」

 侍女は先に立って案内してくれた。扉を叩いて、許可の返事をもらって入ると、しっかりと着飾った小娘と、これからどこに出掛けるのか、地味ながらもこれから外出するといったいでたちのマテウシュ若旦那がいた。

「ご機嫌よろしう、レヴァンドフスキ様、お嬢様」

 俺は卒なく礼をした。

「ご機嫌よう、アレティン大尉」

 伯爵家の跡取りは気が弱そうでいて、頭が高い。身分を意識しているのが半分、人見知りゆえの虚勢半分といった態で、構えている。

「私は巴里での知り合いとこれから郊外に行って星空を観察すると先に決めてしまっていたから、ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とゴルツ伯爵には申し訳ないが観劇をお断りした。次にお誘いがあれば是非ご一緒したい、マテウシュが申し訳ないと言っていたと伝えてくれまいか」

 事前に練習していたのか、一気に喋った。本当にこれから天体観測に郊外に行くのかね。余程巴里の街に通じた知り合いでないと、貴族の坊ちゃんが危ないだろう。それともお仲間は郊外にお屋敷(シャトー)を持つ貴族か豪商か。

「承知いたしました。必ず伝えます」

 俺の返事を聞いて、令息は妹を振り返り、手を取った。

「では行ってきなさい。私の分も楽しんできなさい。

 ヨアンナをよろしく頼む、アレティン大尉」

「はい、お嬢様をお預かりいたします」

 小娘の手は令息から俺に移った。

「アレティン大尉、今晩はよろしくお願いします」

 小娘は大人しかった。今まで俺や兄貴には遠慮していなかったのに、拍子抜けだ。いや、ここから出たら、いつもどおり口うるさくなるかも知れない。

「それではお嬢様をお連れします。ご機嫌よろしう」

「ご機嫌よう」

 部屋から出て、二人並んで歩き、後ろに侍女のテレーザが続く。令嬢のお出掛けだから、当然のお付きだ。

 レヴァンドフスカは金髪に群青色の瞳にあった白地に淡いブルーの紗を重ねたドレスを纏い、髪はラヴェンダーを模した紫水晶の髪飾りでまとめている。宝飾品は瑠璃を使った耳飾りやネックレスをしている。同席するラ・パイーヴァは大粒のダイヤモンドなどでゴテゴテと着飾っているのだろうから、若い娘は色石で簡素に飾った方が映えるだろう。

「あまり言いたくはないが、今晩は淑女らしく綺麗に見える」

「前置きは不要じゃないかしら?」

「これでも褒めた」

 小娘は靴の中に小石でも入ったような顔をした。

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