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君影草  作者: 惠美子
第三十章 男心は一つ所に落ち着かぬ
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 欲するとは、ある困難に身をさらす勇気を持つことである。身をさらすとは運をためすことであり、(かけ)である。この賭がなくては生きていけない軍人がいる。彼らが家庭生活に耐えられないのはこのためである。


 『恋愛論』「断章」一二二 スタンダール

 翌日、大使館に出仕すると、ゴルツ大使に呼び出された。大使は機嫌が良い。全く残念だ。

「レヴァンドフスキ伯爵に令嬢をオペラ座に誘ってよいか尋ねたら、是非連れていってくれとの返事だ」

 渋面になるのを堪えながら訊いた。

「同席するのは誰と誰と説明したのですか? それにレヴァンドフスキ伯爵とご令息はその晩どちらかにご予定でもあるのですか?」

 俺の落胆を読み取っているのだろうが、大使は気にしていない。

「レヴァンドフスキ伯爵は商談相手とノルマンディーへ行くので、娘御が退屈しないよう頼むと。

 ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵と世話している女性、私と巴里に遊びに来ている私の親戚のフロイライン・セッケンドルフ、それに同伴する女性のいない貴官が来て、貴官に令嬢をエスコートさせたいと、省略しないで申し出ているから、心配しなくていい」

「レヴァンドフスキ伯爵の跡継ぎはヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵との交際よりも優先するご用事がおありで? ご令息がいらっしゃるなら小官は出席しなくてよろしいと思います」

 頭が良さそうで、好奇心は数字や学問に偏っているが、歴とした兄貴がいる。赤の他人の俺よりもそいつが妹の手を取るべきだろう。

「子息のマテウシュは巴里に残るが、その日別の用事が先に入っているので、無理だそうだ」

 単に我が儘な妹の世話をしたくないだけではなかろうか。ボン・マルシェに連れていってやっても、後は別行動だった。

「はああ、レヴァンドフスキ伯爵はラ・パイーヴァとご令嬢が同席するのを気にしないのですか?」

「娘御の結婚相手を探そうとしている父親が、独身(・・)のグイドに会わせられるのを気にしない。それに私や従妹、貴官がいる。何もいかがわしさは無いだろう?」

 商談相手と北仏の海水浴場に出掛けるレヴァンドフスキ伯爵の方が余程怪しい。

「若い娘が、今のラ・パイーヴァの姿を見て憧れると思うか?」

「それは……、無いでしょう」

 若い頃は美貌を誇ったであろうラ・パイーヴァは五十に手が届こうとしている。年齢相応の貫禄があると言い換えれば聞こえがいいが、長年の不規則な生活や食事で、隠しきれない衰えが出てきている。幾らフランス皇妃と張り合うほど豪華な恰好をしているからといって、理想的な年齢の重ね方をしているとは言えない。

 世話を受けている愛人がこれだけ贅沢しているから、正妻に収まればもっときらびやかにできると、小娘が早合点する可能性でもあると大使は考えているのだろうか。

 愛人だから巴里で遊び暮らせる。格式高いヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵家ともなれば、枝分かれした一族たちがプロイセン中にいて、広大な領地や所持する工場、商社の管理、伯爵夫人となったらどの程度携わる義務が出てくるのだろう。今までの会話から察する知識や人あしらいからして、あの小娘にヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵夫人は務まるまい。令夫人に相応しいように一から教育する気になる程レヴァンドフスカを伯爵が気に入ればの仮定でしかない。伯爵が家系の為に結婚するならとっくにしている。ゴルツ大使の思い付きには無理がある。

 言い出した俺が一番の莫迦者なのは判っている。

 悪戯心でこんな目に遭わせることになり、レヴァンドフスカに申し訳ないと、柄にもなく感じている。

「当日の晩に小官がご令嬢を宿泊先のホテルリーヴルにお迎えに行けばよろしいので?」

「左様、大使館の馬車を使いなさい」

 辻馬車で行ったら、張り倒される。

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