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君影草  作者: 惠美子
第三十章 男心は一つ所に落ち着かぬ
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 週の始めから自ら厄介事を招いてしまったと頭を抱えたくなった。週の途中から月が変わって八月。まだヴァレフスキ伯爵からの返答が来ないのか、ゴルツ大使は何も言ってこない。

 大使館詰めで巴里の地図と実際行ってみての地勢の詳細や印象のこれまでの報告を読み返し、次に巴里の南側のヒバリの野原やビエーヴル川辺りに探索に行こうかと試案しながら日を過していた。

 大まかに探索場所の目途を付けて、早目に大使館を出た。今日は『ティユル』に寄ろう。

 陽が傾き掛けているとはいえ、真夏の大気は熱をはらんだまま、暑さで参っているのか風は涼しさを運ばず、むしろ汗を纏わせようとしている。街路樹の葉陰に寄り添い、陽光を避けながら、歩む。帽子のひさしが眩しさを阻んでも、頭に熱が籠もる。きりきりと髪を結い上げて、外出用の帽子をまたピンで留めている女性はもっと苦行だろう、よくぞ男に生まれけると、理屈のよく判らぬ慰めを心中に浮かべた。

 コリゼ通りに辿り着いて、『ティユル』の裏口に回った。もう俺は客人ではなく、身内だ。扉を叩いて、入った。

「ご機嫌よう」

 俺に気付いたのはルイーズで、すぐに笑顔でやって来た。

「こんにちは、お兄さん(モン・フレール)

「こんにちは、マドモワゼル。今忙しいところかな?」

 ルイーズは店内に目をやった。ご婦人のお客がいるようだ。

「今応接中です。でも採寸やら具体的な仕事は終わって、ちょっとしたお喋りをしているみたいだから、少し待っていてくださいね」

「急にやって来たんだからいいんだ。ここで待たせてもらう」

 俺は帽子を取った。ルイーズが帽子を与ろうとするのを断って、その場で壁になった。ルイーズは元いた場所に戻り、洋裁店での女性たちの会話がわずかにこぼれ、流れてきた。

「バイエルンの王様は万国博覧会の見物に夢中だったそうで、何かお館ごと購入しようと交渉させているよう。博覧会が終わったら、そのままミュンヘンに移築させるみたい」

「王様となると豪儀なものですね」

「フランスのご婦人方にはちっとも興味を示さないけれど、芸術品や珍品には糸目を付けずだそうよ」

「八月、結婚式はもう今月ですもの、ほかの女性は目に入らないのでしょう」

 マリー゠アンヌとベルナデットと二人でお喋りの相手をしているらしい。バイエルン国王は女性にはとんと魅力を感じない男性だと教えてやりたいが、邪魔する訳にはいかないし、女性はその手の話題にどんな反応を示すか予想が付かない。おまけにどうしてそんなことを知っているの? もしかしたらあなたも? とおかしな勘ぐりを始められたら、はなはだ迷惑だ。やはり他人様の嗜好の伝聞は早合点や偏見が混じり易い。軽口は戒めなければならない。

「あなた方といると本当に時間が経つのを忘れてしまうわ。服の意匠の相談も楽しいし、こうして愚痴や噂話の相手も知れくれるんですもの。

 出来上がりが楽しみ」

 ようやくお客様がお帰り遊ばすかと思いきや、出来上がったら何処に着ていく予定か尋ねもしないのに喋り出した。それは仕立ての依頼をする時に告げてはいないのだろうかと、俺は半ばうんざりしながら、聞いてきた。

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