二
ゴルツ大使は珍獣でも現れたかのような目をした。
「貴官がヴァレフスキ伯爵家の令嬢と宴の席で一緒にいたのには気付いていたが、それほど親しいとは知らなかった」
「違います。あちらの令嬢が勝手に懐いてきているだけです。それにヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵や閣下がお会いになるのなら、ヴァレフスキ伯爵は喜んでいらっしゃるのでは? あのご令嬢の容姿はまあまあですが、頭は冴えていると言い難い。お喋りはうるさいですが、社交の場での飾りになります」
ヴァレフスキ伯爵が聞いたら怒るぞと、大使はたしなめた。気を付けます、と俺は反省の態を装った。
しかし、ゴルツ大使は意地の悪い笑いを浮かべた。
「グイドにプロイセンの若い貴族令嬢の姿を見せてみるのは悪くないかも知れない。十も年上の玄人に入れ揚げてるのが莫迦々々しいと感じてくれるとさいわいだ。
グイドがラ・パイーヴァと手を切らないまでも歴とした貴族の女性と結婚する気になってくれればいい。それにヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵家の現在の状態なら相手方に持参金が無かろうが不自由はさせまい」
聞かなかったことにしておこう。プロイセン王国でも筆頭に挙げられる大金持ちのヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵となれば、若くて見てくれの良い女性が幾らでも売り込みに来ているだろう。それが平民だろうと貴族だろうと。あの小娘にヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵が目を留めるだけの価値があるか、俺にははなはだ疑問だ。ラ・パイーヴァと長く続いている所を鑑みれば、――単に女性に使ってきた金銭の多寡を全く気にしておらず鷹揚に構えていて、喜んで玄人女性に奉仕しているようにしか見えない――、あのご仁は単に生まれが良い、若いだけが取り柄の女性を好むとは思えない。
俺は咳払いした。
「それで、閣下はその、ヴァレフスキ伯爵家の、特にご令嬢とヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とラ・パイーヴァ夫人と会わせるのは反対でおいでで?」
ああ、忘れていたといった感じでゴルツ大使は俺に視線を戻した。ちとわざとらしい。
「私に反対する理由はない。早速ヴァレフスキ伯爵に連絡してみよう。あちらが嫌がったら貴官が自分で、同伴するご婦人を見付けてくれたまえ」
「はい、了承しました」
さて、ゴルツ大使への提案が吉か凶か、俺は詰まらぬ思い付きを口に出してしまった迂闊さを後悔した。ヴァレフスキ伯爵が娘を高級娼婦と同席させる招待を受けて怒り出したら、俺の所為にされないか。老練な外交官だから話題の持ち掛け方は直接的ではなかろうが、俺が同席して令嬢のお相手となれば、ヴァレフスキ伯爵自身はほかの女性を同伴しなくてはならなくなる。大使は細君か巴里での親しい貴婦人を、ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵はラ・パイーヴァを、俺があの小娘をとなれば、ヴァレフスキ伯爵は? フランスに親戚や親しい女性がいるのならそれでいいのだが、ヴァレフスキ伯爵は欠席、あの小娘を宿まで俺が迎えに行く破目になる可能性もある。
なんと愚かしい発言をしてしまったのか。
「小官が申し上げるのも変ですが、本当にお招きする気なのですか?」
大使からの連絡をヴァレフスキ伯爵が断ってくれるのを望む。レオニー・レオンのようにまた街中で女性に上手く声を掛けて、連れていくように努力した方がいい。
大使は俺の顔色を読み取り、面白そうだ。
「貴官の提案の取り消しは無しだ。断られてから、同伴の婦人を考えてくれ」
「……、はい」
ふざけた考えなど思い付き、口にするものではない。




