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君影草  作者: 惠美子
第三十章 男心は一つ所に落ち着かぬ
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 ベルナデットを想いながらの日を過した翌日は仕事だ。私事を全て寝床に置き去り、彫像のように(つら)も身なりも整えて、大使館に出向いた。

「お早う」

 と挨拶を交わしながら、駐在武官の詰め所に行く。

 シュタインベルガー大佐が何事か企んでいるように見えるのはいつものことだ。俺に朝の挨拶をして、ゴルツ大使がお呼びだと報せてくる。

「お出掛けの護衛ですか?」

「用件は聞いていない。万博にまた新しい出し物が来るらしいから、その見物に付いてこいというのかも知らん」

 万国博覧会に参加している各国が長期の開催期間、飽きられないように展示物や催し事を時々変える。日本から手妻師や軽業師がまた巴里に着いたと新聞にあったのを読んだか。プロイセン――ドイツのビールが案外フランス人に受けているとも評判だ。

 形ばかりの復唱と敬礼をして、大使の部屋に急いだ。

 扉を叩いて返事があったので、アレティン大尉ですと入った。長椅子に掛けたまま大使はご機嫌ようと言い、俺に向かいに掛けるように手で示した。

「週末はのんびりできたか?」

「オデオン座で例の女優の芝居を観ました。サラ・ベルナール、贔屓が多くいるのが納得できるいい女優でした」

「悶着があってコメディ゠フランセーズにいられなくなったそうだが、そのうちコメディ゠フランセーズから頭を下げて出演してくれと依頼されるだろう。なにせあの女優に演じてもらいたという小説家や劇作家は有名・無名、何人もいる」

「パンフレットや周囲の話声ではジュルジュ・サンドのほかに、デュマ親子もいるとか」

「貴官の楽しみが増えてよかろう」

「はい」

 お互いの腹黒さは見えず、和やかに会話している。

「オペラ座に近々行くことになるのだが、一緒に行けるか?」

「護衛でなら何時でも行けます」

 いや、と大使は皮肉っぽく返した。

「グイドとの付き合いで出掛けるので護衛というより話相手の一人としていだ。ご婦人同伴でと言われているのだが、先日の女性はどうだ?」

 ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とラ・パイーヴァとか。この前のマドモワゼル・レオニー・レオンは引っ越してしまった。

「この前のご婦人は巴里から引っ越されました。引っ越し先での巴里の自慢話の一つとして付いて来てくれたようなものです」

 大使はあからさまにがっかりした顔をした。

「ほかにおらんのか?」

「巴里で知り合ったのは、後はフランス側の間諜の女性です」

 そういった女性は遠慮した方がいいと判断は一致した。いいことを思い付いたように大使は問うた。

「そう言えば、巴里で客死したリンデンバウム伯爵家の子息の、貴官の伯父に当たる人物の家族がいると聞いた。連絡は取っているのだろう? 貴官に釣り合う年齢の女性はいるか?」

 返答に迷った。仕事にベルナデットや伯母たちを関わらせたくない。だが否と誤魔化すには相手が悪い。その気になればすぐに洗い出しができる。渋々俺は返事をした。

「ええ、何回か挨拶で顔を出しています。年齢の近い女性がいます。しかし、伯父の遺族は善良な巴里市民、普通のご婦人向けの洋裁店を営んでいます。

 ラ・パイーヴァと会わせたくありませんね。幾ら大金持ちの後援者がいるといっても、高級娼婦と面識があると、堅気の顧客に嫌がられます」

「だったらほかにおらんのか?」

 若い者が何をしているのかと、苦い物でも口にしているような顔の大使を見ていて、悪戯心が出た。

「ヴァレフスキ伯爵家のご令嬢がまだ巴里においでなら、大使から観劇にお誘いいただけますか? お越しいただけるのなら、私がお手を取ります」

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