六
俺が抱き寄せるままにベルナデットは身を任せている。
「仕事の予定がはっきりしたら、伝えに来る。週末にまた出掛けられれば、行こう」
巴里から出るような急な命令が出ないことを祈る。
「ええ、あなたと一緒に過せるならお散歩だけでもいいのよ」
確かにそうかも知れないが、二人きりの時間は大切に使いたい。
ベルナデットの頬に手を伸ばし、口付けした。柔らかく、どんな果実よりも美酒よりも甘く、尽きぬ心地良さが身を灼き、潤いを求めて、離れられない。
花は喘ぎ、腕の縛めにわずかに抗った。これ以上はお互いに辛くなってくる。こんなにも急く気持ちを鎮められればどんなにいいだろうか。腕を解きたくない。
やっとの思いでベルナデットから手を離した。
「オスカー」
上気した肌。朝方まで俺は彼の女のこの肌の感触を知り、味わった。彼の女もまた同様に俺に触れたはずだ。
「名残り惜しい。このまま連れ帰ってしまいたい」
「ずっと一緒にいたいのはわたしも同じ」
また抱き締めたくなるのを堪え、別れを告げた。
「ご機嫌よう。手を取りたくなるから見送りはここまででいい」
ベルナデットは可笑しそうにしながら、どこか寂し気に肯いた。
「さようなら」
階下に降り、外に出た。
さて、今日は日曜日。大使館からの呼び出しは無い。顔は出さずに真直ぐに帰ろう。仕事場に行ったところで、何もする気にならない。事情を知らない面々から不審がられるのは嫌だ。
天気の良い日は出歩いて、心を洗い、空と同じ色に染まろう。シャン゠ゼリゼ大通りをから、カルチェ・ラタンへと進み、明るい場所で軽食とコーヒーを楽しむ。
職務は明日、月曜日になってから考える。巴里の南側の地形がどうなっているか見に行くか、ナポレオン3世の来月の詳しい予定を探るか、今は頭から追い払っておく。
強い日差しと、緑の薫を乗せた風が心を弾ませる。
女心は風のように気紛れで、その中に舞う羽のように捉えがたい。俺はベルナデットのしなやかな体をこの手に抱き、喜びを共にした。心もそれに添っていたと信じている。
信頼。
この感情が二人に通じ合い、続いていく。
何の保証もないが、時が経てば東から陽が昇り、西へ沈むように、当たり前と疑う必要のない事柄になった。
明日の運命は知れない。人の心や頭の中は見えはしない。だが、今、俺が共に過し、これからもと、一人の女性に対して感じている気持ちに偽りはない。
多分、これが仕合せという奴なのだろう。




