五
居間の扉を閉めて、俺はベルナデットに囁いた。
「あなたの部屋の場所を教えて欲しい」
ベルナデットは目を瞬いた。
「どうして?」
そう困惑しないで欲しい。
「あなたが俺の部屋に来たのだから、今後俺だってあなたの部屋に行く機会もあるだろう?」
ベルナデットは返事に迷っている。
「居間に戻るのが遅くなったら怪しまれるし、からかわれる」
「別れを惜しんでいたと言えばいい」
おそれる必要はないのに、と胸が灼かれる。隠す程のことではないはずだ。
「案内されたからといって、今あなたの部屋に隠れて居座らない」
俺はベルナデットの頬に触れ、首筋を撫でた。ベルナデットはその俺の手に手を置いた。
「散らかっていると呆れないでね」
そちらの心配だったか。一応淑女らしくと断りを入れているのか、実際に見せられない状態なのか、俺には判断が付かない。仕事をしている女性だと、自室を片付ける暇がない、或いは寛ぐのが優先と整理する気にならない場合があるのかも知れない。それとも針仕事をする時もあるから危ないと、きちんとしているかも知れない。どちらだろう。
「気にしない。何ならここだと示してくれれば扉を開けなくてもいい」
「そう? それなら助かった」
おや? こんな顔をするのなら部屋の中を見ない方がいいのかも知れない。こちら、とベルナデットは廊下を進み、階段を昇っていった。付いていくと、三階の一室の前で立ち止まった。
「わたしの部屋はここ」
「三階のこの部屋か、しっかり覚えておく。こっそり訪ねる時にアンヌやルイーズの部屋と間違わないようにする」
「どうやってこっそりと入ってくるつもり? 真逆屋根に登って窓から?」
「屋根に登ったら、幾ら夜でも音がして、目立ちそうな気がする。合図をしてあなたが裏口を開けてくれるのが安全だな」
ふうん、とベルナデットは唇を変な形にしてみせた。
「それならわたしが裏口を開けるまで大人しく外で待っていればいい。
わたしがそんな気になればの話だけど」
つんと冷たい態度を取るのを可愛らしいと感じてしまう。
「俺が部屋に来るのは嫌か?」
ベルナデットはわざと答えず、首を傾げてみせた。
「母は眠りが浅いみたいで、少しの物音でも目が覚めたと、次の日眠そうに言うことが多い。それにアンヌは早々と眠ってしまうけど、ルイーズは時々夜更かししている。家族と違う足音がしたとなると、母もルイーズも耳を澄ましてしまう。それでもあなた平気?」
「靴を脱いで入っても気付かれるだろうか?」
「さあ? 家族が起き出して来たら、わたしは知らん振りして箒を持って追い掛けるかも」
手弱女のようで手強い。
「ご近所の手前もあるから、無茶はしない方が無難のようだ。
それともあなたは苦難を乗り越え、茨をかき分け寝室までやって来る王子様がお好みだろうか?」
「わたしがお姫様じゃないように、あなたも王子様じゃない。それぞれの日程や都合に合わせて連絡して、会うしかない。そうでしょう?」
同意するしかないようだ。名残り惜しいが、ここでは再会を約束して口付けだけを求めよう。




