三
「ジョッキが行き渡ったな、始めようぜ」
皆、ジョッキを手に取った。ブルックが声を掛けた。
「我が主君の健康と我々の軍功を願って」
「乾杯!」
ぐいと一斉にジョッキを傾ける。ほぼ一気になくなっていく。次はどうする、黒ビールかウイスキーかと各々好みの注文をする。
ブルックはアグネスという娘に注文をしながら、色々と言葉を掛けようとする。まあ、頑張ってくれ。
「ブルックさんと比べてアレティンさんは無口なんですね」
「こいつは女性に愛想がない。故郷に親しい女性がいるらしいが、詳しく教えてくれないんだ」
まあ、とまた赤毛娘は驚いていた。
「そうなのか、アレティン?」
ブルックの言葉を聞きつけたミューラーが尋ねてきた。日頃は明後日の方向ばかり向いているのに、こういうことだけには何故耳聡い。
「親しいといっても、友情の相手だ」
「親しい女友達とは意味深だな」
「想像は勝手だが、婚約やら結婚やらの相手じゃないからな」
「勝手に想像するさ。貴様の理想は高いようだからな」
話を聞いていたようだ。赤毛娘はブルックに本当なのかしら、などと囁いていた。あいつの理想が高そうなのは本当だぜ、などと言っている。
俺の話をつまみにして、ごちゃごちゃと盛り上がりはじめた。
「アレティンの浮いた話を聞いたことがなかったが、そうか、昴に女がいるのか」
「お友達だってよ」
「ほほう、やっぱり騎士階級のお嬢さんか?」
みなが言いたいだけ言い尽くした後、俺は簡単に説明した。
「友情の相手だ。俺よりずっと身分の高い家の女性だから、友情以上は有り得ない」
かなり省略部分があるが、嘘ではない。おおーっと、声をあげる奴がいる。
「アレティンが中世の騎士のように、高貴な姫に忠誠と愛情を誓っているのか。宮廷恋愛ってやつか」
「それは誤解だ……。俺はそんなもんの讃美者じゃないぞ」
「そりゃそうだ。恋愛は実践あるのみ」
シュミット、貴様の恋愛は肉体の面だけを指すのだろう。その、女を抱き締めるような手つきはやめろ。
「ブルックもそう思わないか?」
シュミットは余計なことにブルックに同意を求めてきた。赤毛娘が下がっていて幸運だった。
「俺は気持ちも通じ合いたいなぁ」
ブルックは正直に答えた。元からそういう性分であるし、どこで赤毛娘が聞いているか知れない。おふざけはなしだ。
「真面目だよなぁ、アレティンもブルックも」
シュミットは皮肉を込めて言った。ブルックは真面目だが、俺はひねくれているだけだ。下手に素人娘にほだされて深い仲になるは厄介だと感じる性格だし、娼婦を買うなら教会に寄付しにいく。自分が潔癖な訳ではない。有閑夫人の暇つぶしに付き合ったことがあるが、水気だけの甘味のない果実を齧っただけの虚しさに後悔した。女性と気持ちが通じ合うのだろうか懐疑を抱いている。
「高貴な家のお姫様なんて相手にして何が楽しい。ちょいと躾が良くて、読み書きができる程度じゃないか、女なんてどんな階級だって同じだろう。抱き締めれば柔らかい」
シュミットもひねくれ者だ。
「貴様と俺の女性観は違う。それだけだ」
「気取るなよ」
俺はテーブルを叩いた。多少物がひっくり返ろうが知るものか。