一
「あなたの所ではパン・ペルデューは食べるのか?」
意外な言葉を耳にしたように、ベルナデットは肩をすくめた。
「よくご存知」
「アンドレーアスに教えてもらったが、まだ現物を見ても食べてもいない」
そうねえとベルナデットはぐるりと瞳を巡らせた。
「硬くなったパンを食べるのに、お湯やスープに浸していただくよりはって感じかしら。家では人数がいるから朝ご飯をそれで済ますことはないです。休憩どきにお針子たちの分も含めて、お茶のお供にたまに作るわね。
溶きほぐした卵に牛乳を少し入れてパンを浸して、焼いて……、きちんとした料理の本に載っていて、黄金律があるとか聞かない。その家その家で工夫があるみたい」
残り物のパンを無駄にせず、何かを加えて美味しく食そうとする品なのは間違いなさそうだ。
「面白そうだ」
「そりゃあ加える材料の分量や手順を変えていけば出来上がりは変わるでしょう? 発酵時間や使う小麦粉、バターの加減を増やしたり、砂糖を入れて甘くしたり、バゲットとクロワッサンやブリオーシュは違います」
ついでに言うと、ドイツのライ麦を使うパンとも違う。
「オスカーはパン・ペルデューを食べてみたいの? 朝ご飯やお茶の時なら丁度いいかも知れないけれど、きちんとした食事と考えたら男の人の舌と胃袋には物足りないと感じるんじゃないかしら。
焼きたてのバゲットでもいいから多く使ってみようっていうのなら別だし、砂糖や蜂蜜、ジャムをたっぷり乗っけて食べるのなら、それで立派なお菓子代わりになる」
「チーズは?」
「それなら最初からチーズを乗せて焼いた方がいいんじゃない? それともスープに入れてしまうか」
そちらの方が見た目も味わいも想像できそうだ。レストランでは出さないような賄い料理だが、そそられる。
朝食を平らげて、コーヒーを口にしながら、二人でのんびりとしている。このまま寛いで日を過したいくらいだ。
寝乱れた風情が残っていないか気にしながら、ベルナデットはゆうべ起こったのは幻でも気紛れでもないと確かめるような眼差しを俺に送ってくる。唇に、手に、いや、肌で感じ取ったお互いの存在は、忘れられない感触としてまざまざとよみがえってくる。その気になりさえすれば再び得られる。
「たまにはいいさ。鍋に水を入れて、お湯を沸かして、ヴルストや野菜を刻んだのを入れて、パンとチーズでいいなら、俺でもできる」
「皿に盛り付けて、食事の後に片付けもするまでが料理」
「野営地では敵の斥候に探らせないくらいまで始末しろと言われて、実践しているから何とかなるとは、思う」
だんだんと自信無さげになっていった俺の口調に、ベルナデットは吹き出した。
「士官さんでも士官学校では何でもやらされるのね。頼母しいわ」
冗談口でも頼母しいと言われれば嬉しいさ。こちらも笑って彼の女を見、手を伸ばした。重ねられた手に、彼の女は視線を落とし、わずかに頬を堅くした。
俺たちが今更警戒する必要は無い、と手を握った。ベルナデットは手を振り払いはしなかったが、握り返しもしなかった。
女性の抱く心理を慮れないではなかったが、それこそパン屑だらけの床に就いたようなざらついた気分にさせられた。




