十四
帰りが遅くなると断っていったので、マダム・メイエは日が高くなってから朝食を運ぼうと気を回してくれた。
「お早うございます」
と運んで来てくれた声で目覚めて、慌てて夜着を引き被って寝室から顔を出した。
「ご機嫌よう、マダム。見られた恰好じゃないから、そこに置いておいてくれないか」
寝台でベルナデットは身を縮めているはずだ。
「左様ですか。ではこのまま置いてまいりますが、もうお一人の分の朝食もお運びしますから、またその時にお声掛けします」
客人を連れてきているとマダムに勘付かれている。俺の様子が余程不審に見えたのだろうし、そこは下宿屋の管理人、多分慣れているはず。
「よろしく頼む」
と返事するしかない。
マダムが下がったのを見送って、俺は寝室に戻った。寝台の上でベルナデットは上掛けを巻き付けたまま座っている。
「服を着る」
「もう服を着てしまう? もう少しそのままでいてもいいのに」
「だってお腹が空いた」
「俺が食べ物をここに運んでくるから、このままで食べたらいい」
「お茶くらいならともかく、お行儀悪いわ。きちんと起きて食べたいわ」
「着替えてしまうのが勿体無い。もう少しあなたの赤裸の姿を眺めていたい」
ふざけて彼の女の胸の双のふくらみに手を伸ばし、そっと包み込んだ。彼の女は拒まず、俺の首に両腕を巡らした。うっとりと目を閉じ、口付けをしてきた。
「今日はもういいでしょう」
満足していないはずはないといった態で、ベルナデットは顔を離した。しつこくしているうちに、またマダム・メイエに来られても困るから、ここは大人しく引き下がろう。
洗面器に水を張り、自分とベルナデットの布を用意する。代わる代わる顔を洗い、ベルナデットは布を絞って、体を拭いていった。昨日の衣装を着て帰宅するのだから、体に俺の痕跡を残すまいとしている。俺も送っていくのだから、身支度はしっかりしなければならないと、一度間に合わせに被った夜着を脱いで、体を拭いた。身に着いた彼の女の匂いを拭い去るのが妙に惜しい。
順々に服を着ていると、マダムが扉を叩き、失礼しますと声を掛けて居間に入ってきた。
「ムシュウ、もうお一方分の朝食を持ってきました。これで失礼します」
寝室まで来ず、大きな声で告げて、扉の閉まる音がした。
ほっと一息吐いて、二人で顔を見合わせ笑った。
「安心して、朝食にしよう」
「ええ、いただきます」
寝室を出て、居間のテーブルに向かい合って座った。パンと野菜スープとヴルスト、コーヒーのほかに、果物を付けてくれている。
「毎朝、こんな感じのご飯なの?」
「大概は。カチカチのパンとコーヒーだけの日もあった」
「寝坊か体調の関係で、調理していたら約束の時間までに運べなくなるなんて日があるんでしょう」
確かに朝食を提供する契約だが、朝食の内容は常に立派で温かくとは書いていない。台所の余り物の処分しようなんて膳でも、独り者には無いよりマシだ。雑草まで食べる野戦場からすれば、古いパンでも人間の食事だと実感できる。
「自分で用意して片付けないだけでも楽しているのに、朝からこんなにきちんといただけるのは嬉しいわ」
ベルナデットはいつもの習慣で、手を組み、祈った。彼の女より信心深くない俺もまた彼の女とのこれからを想い、感謝と祈りを捧げた。
日曜日の太陽の日差しが窓から明るく注がれる。二人で過せる夜がこれからも重ねられるだろうと、何の不安もなく、心が充たされていた。




