十三
余韻冷めやらぬ心持ちでは落ち着いて眠れない。お互い感想を語り尽くした方がいい。ただ、いつまでも劇場の客席に居座っていられない。場を移さなくてはいけない。
「ほかの店に行って、一服しながらか、それともコリゼ通りに送っていきながらにしようか」
ベルナデットは顎に手を当てた。
「母は早寝の方だけど、わたしが帰ってきたら起き出して、話を聞きたがるかしら?」
俺は空惚けた。
「さあ? 明日は日曜日なのだから、夜更かししても構わないのじゃないか?」
ベルナデットは俺に言わせたい。俺に誘われたから、家に帰らなかったと家人に嘘を吐かずに済むようにしたいのだ。だが、俺は彼の女から言ってもらいたい。
どちらがより相手を求めているのか、お互い探り合っている。下手な駆け引きなのだろう。だが、あまりあからさまに言い出しては、興醒めしないか、咲いている花に触れてかえって傷めてしまわないかとためらってしまう。
戦場で前進を臆せぬ俺が、こんな所で女性の心を慮ろうとするとは、南部軍団の仲間からしたら、とんだお笑い草だ。さっさとモノにしてしまえと、肩を叩かれる。
ベルナデットは軍団近くにある盛り場にいる女性たちとは違う。
どこが違うのかと問われても答える言葉が見付からないが、俺にとって親しみたい、しかし、お互い敬い合いながら交際していければと考えている。抑えの聞かない粗暴な男のようにベルナデットを抱き締めたいと想像する傍ら、彼の女からの軽蔑を恐れ、ゆっくりと理解を深めていこうとも、矛盾した想いにとらわれる。
ここで彼の女が積極的な態度を見せてくれたらと、期待している俺は阿呆だろうか。
もしかしたら、いいや多分、大きな確率で彼の女も同じように俺が誘ってくれたらと待っている、男らしく。女性は望んでいてもはしたない振る舞いをしてはならないと、世間の規範に従うものだから。
――世間の規範!
今更そんなものにこだわって、みすみす機会を逃していいのか。
ここで煩悶していたら、管理者から追い出される。しっかり決断しなければならない。
「まずここから出よう」
「ええ」
俺たちは手を取った。
なんと発したらいいものかと、候補を幾つも思い浮かべては消し、やっと声を絞り出した。
「ベルナデット」
「はい」
「二人で話をするのなら、俺の部屋であれば邪魔は入らない」
前置きは一応大切だ。
「だから俺の寄宿先へ行こう」
ベルナデットはその言葉を聞きたかったはず。
「勿論あなたが嫌でなければだ。送っていってくれというなら、そうする」
彼の女の反応を確かめぬうち、慌てて付け加えた。ベルナデットはわずかに苦笑を見せ、真顔になった。
「ええ、ご迷惑でなければ、あなたのお部屋にお伺いします」
「有難う」
外に出れば、建物に遮られ、街灯でかすんでしまっているが、夏の星座が瞬いている。明日も晴れだ。夜気は既に暑さを失い、涼しい。二人、寄り添って歩くのが快い。夏の夜は短い。今一度俺たちの為に時よ、止まれ。語り明かすには幾ら時間があっても足りないだろう。
足音を忍ばせて、俺たちは寄宿先の部屋に入った。
二人とも人目を気にせぬ寛いだ姿になり、芝居の話をし、今まで観た芝居や好きな本の話を飽くことなく続けた。自分を知ってもらいたい、相手を知りたい、偽らざる姿を投影していく。
二人の間に諸刃の剣を差して休んだか? 寝台や敷布が痛む。わざわざ莫迦な真似をするものか。




