九
明るく、それでいて黄昏へと翳り始めた陽光の中、リュクサンブール公園に手を取り合って、散策した。この公園は子どもの遊び場とルイーズは断言していた。成程、ここはブローニュの森やテュイルリーの庭園と違って、伊達を競う男性や着飾った上流夫人が自分を見せ、好みの相手を探し、流行の意匠を観察する場ではない。子どもがあちこちで遊び、それを見守る母親や乳母らしき女性が見守っている。
夏場、故郷に帰省しない学生がせせこましい下宿に居るよりはマシとベンチや彫刻の台座に座り込んでいる。くたびれた服装で、暑さしのぎと上着を脱いで肩に引っ掛けている。洗濯が面倒、お洒落や見掛けに気を遣うような類ではないと言っているのも同じだ。勉学と食事、見てくれと天秤に掛けたらどちらが大事か、言わずもがな。
休暇か休憩時間中らしいお針子や女中と思しき娘も公園にいる。集団で学生たちをからかうようにさざめいている娘たちもいれば、一対一で距離を測っている男女もいる。
気楽でのどか、少しは出会いがあるかも知れない、憩いの場所。
鮮やかな色彩の花々や濃い緑の葉を繁らせる木々を眺め、彫刻の良し悪しを寸評しながら、ベルナデットと他愛ない話をした。さしたる意味のない、その場限りの会話。それでも何故かしら多くの言葉が浮かび、相手に伝えずにはいられないし、彼の女の声に耳を傾ける。
社交の席では挨拶代わりで時間稼ぎの天気の話も退屈しない。ここのところ曇や雨が続いたが、これからは好天が続くのではないかと、澄み切った空を見上げて、お互いに肯き合った。今日が晴れて良かったと、ベルナデットは心底嬉しそうだ。
雲一つない空。
これほど貴重だとは思わなかった。
「ベルナデットは子どもの頃からここは遊びに来ていた?」
「ええ、そうね。小さい頃はマリー゠アンヌに連れられて。大きくなってからもルイーズのお守りでね」
「公園で散歩というと、思い付く場所が少なくて悪い」
「そんなことないわ。古くて大きな公園だから、少しずつ手入れで変わる箇所があるし、あなたと一緒なら、楽しい」
琥珀の耳飾りが揺れ、わずかな光を反射する。小さな輝きが眩く、俺は目を細めた。素直な気持ちが温かく、沁みわたっていく。
「観劇前に食事をしたいと思っているが、オデオン座の近くで、グランドホテルのカフェ・ド・ラ・ペのような店がない。学生たちが利用する店が多くて、それでも選んだつもりだから勘弁してほしい」
「あら、いつもお姫様みたいにしていたなんて思っていません。外で食事する機会があったとしても、お得意様や取引先とご一緒する訳でなければ、学生さんやお針子がいる店に行きます。
あなたもそんなに頑張らなくていいじゃないですか?」
頑張る気はないが……。
ベルナデットが会う度にしっかりと着飾ってきてくれるからうっかりしていた。伯母は身を粉にして働いてきて、自分の店を持った。これは自ら働いているラ・ヴァリエール家と、騎士爵を持つ中流の俺の家との違いだ。
確かに毎度ブールヴァールにあるカフェ・ド・ラ・ペやカフェ・アングレでの食事は、いくら俺の奢りでも彼の女にとって贅沢と感じるものなのだろう。
「あなたが嫌でなければ」
「ええ、それでいいんです。上流の方を見習うのは意匠だけでいいんです。それ以上はわたしにとって分不相応、慣れたら怖くなっちゃいます」
ベルナデットは無邪気に言うが、胸が痛んだ。