二
「辛気臭い顔をして手紙を読んでいるが、どうした?」
ブルックか。
「辛気臭くはない。真面目に読んでいたんだ」
「女からか?」
「故郷の友人からだ」
「だから女だろ」
しつこい奴だ。
「ああ、女のお友達だ」
アグラーヤからの手紙を畳んで仕舞った。
「会えなくて寂しいって書いてきたのか」
「元気にやっているから、心配いらないだとさ」
ブルックは面白そうだ。
「袖にされたから、難しい面をしていたんだな」
「お友達だと言っているだろう。時節の挨拶だよ」
納得しようがしまいが構うまい。ブルックは退屈しているのだ。
「あぶれているなら飲みに行こうぜ」
「あぶれていないが、飲みに行く」
「アレティンは素直じゃないな」
「素直な奴がここでやっていけるか」
ふん、とブルックは肩に腕を回す。
「貴様が一緒だと女性の受けがいい。『黒い猫』のアグネスは貴様に気があるようだが、貴様にその気が無いなら、俺に譲れ」
アグネス? 『黒い猫』にはよく行くが、店の給仕の顔と名前を憶えていない。
「誰だ、それ?」
「その程度かよ。まあいい、アグネスにはアレティンには故郷に実に親しい女友達がいると言って諦めさせて、口説くから」
将校だと目の色を変えて群がってくるような女性なら興味がない。まして同僚が狙っているなら手出し無用だ。
「誤解があるようだが、貴様が女を口説く邪魔はしない」
お互い笑い合い、飲みに出掛けた。
十一月になり夜の到来も冷え込みも駆け足でやってくる。外套を着こんでほかの仲間にも声を掛けて、集団で『黒い猫』に向かった。
『黒い猫』の客は南の軍団の将校や一部のブルジョワで占められている。徴兵で来ている兵士や農民や職人は来ない。そういう客層の店なので、飲食のほかにカードなど簡単な遊戯ができるスペースがあるし、給仕も気の利いたのを揃えている。
「いらっしゃいませ」の声に出迎えられ、空いた席に案内された。
「まず黒ビールで乾杯するか」
それでいいとなり、黒ビールとヴルスト、チーズとキノコのソテーを注文した。席に着くと、ブルックが俺に合図をする。
「あの赤毛の娘がアグネスだ。今更惜しいとちょっかい出すなよ」
「出すかよ」
赤毛の娘はほかの何人かの給仕と手分けしてビールや料理を持ってきた。整った顔立ちで、行儀の良い田舎娘といった印象だ。からかってみる気にもならない。気立てが良くて、可愛らしいなら、ひねくれた俺より根は単純なブルックに似合いだ。
「どうぞ」
と赤毛の娘がジョッキを俺に渡してきた。精一杯の笑顔のつもりだろう。酒場で健気な様子を見せられても場違いだ。
「有難う。ブルック、酒が来た」
「ああ、アグネス、有難う。今晩も綺麗だね」
「あら、そんなこと言っても何も出ませんよ」
「君の笑顔が見られるのが一番だよ。アレティンなんざ、何回もここに来ているのに、君の名前を憶えていないんだ。ひどいと思わないかい?」
仲間で乾杯もしていないのに、早速始めてしまうのか。まあ、と赤毛娘はがっかりしたようだ。勝手な期待は抱かないでくれ。




