五
この様子なら上手く行きそうだ。ためらいなく俺は続けた。
「あなたさえよければ、今度こそ二人で出掛けたいと思っているのだがどうだろう? リュクサンブール公園に行って、夕食を共にして、オデオン座で芝居を観ようと考えている。土曜日か日曜日あたりに不都合はないか?」
ベルナデットは口をOの字に開けた。姪っ子と連れ立って、三人でブールヴァールに出掛けたこともあるのだから、それほど意外な申し出でもなかろうに。
夜に掛かる外出だから、女性として手放しで承諾しづらいのかも知れないと、今更ながら気付かされる。俺も男だからあわよくば自分の寄宿先に連れかえりたい気持ちがある。しかし、屋根裏で一人暮らしをしているお針子を誘うのとは訳が違う。母や姉と同居しているのだ。それに男運が悪いと言っている。彼の女がためらうのなら、芝居が跳ねたらここまで送っていく。焦ったら碌な結果にならない。
「勿論、伯母上にも許しをもらわなければいけないだろうし、俺が責任をもって送るから、難しく考えないで欲しい。それとも用事があるのか?」
「いいえ、予想していなかったからびっくりしたんです。嬉しい」
「だったらもっと喜んで」
「嬉しいわ」
ベルナデットは軽く両手を合わせた。
「予定は入っていません。土曜日の午後に予約のお客様はいなかったはずだから、土曜日でも日曜日でも大丈夫。わたしがいなきゃ駄目って誰も言わないと思う」
瞳をぐるりと巡らして、仕事の段取りを頭の中で確認しつつ、ベルナデットは答えた。心軽く弾ませていると伝わってくる気がする。
「叶うのなら俺もどちらでもいい。ああ、なんだか気が急いてくるな」
可笑しくなってきて、二人して笑った。
「気が急くなら土曜日にしましょう」
「ご家族が賛成してくれたなら直ぐにオデオン座の前売りを手配しよう」
「まあ! まず外出していいか訊いてきますけど、今オデオン座ではどんなお芝居をしているんですか?」
「ジョルジュ・サンドの『ヴィルメール侯爵』と聞いている」
ベルナデットは小首を傾げた。これは興味があるのか、ないのかどっちだ?
「今月はそんなお芝居が掛かっているんですね。サンドの本は読んだことがあるのですけど、そのお話は読んでいません。良かった」
本当に良かった。元の話を知っていて、大して面白くなかったなど言われたら、誘ったこちらの身の置き所が無くなる。
「安心した。俺も内容は詳しく知らない。お互い観に行くのに期待して待てる」
女性受けする恋物語らしいとしか知らない。悲恋ものではないそうだから、観終った後に、暗い気分になることもないだろう。ベルナデットには笑顔でいてもらいたい。
「今週はこれをご褒美に仕事に励めそう。母と姉にオスカーと土曜日出掛けると言ってくるわ」
ベルナデットはふと真顔になった。
「遅くなって、疲れたり、眠くなったりしたら、あなたの家に寄らせてもらうかも知れないと言っても構わないでしょう?」
これは真剣に回答しなくてはなるまい。ある意味試されている。
「あなたが自分の名誉を大切に考えているのなら、どんなに遅くなってもここに送っていく。
だが、我が従妹を部屋に泊めるのなら、従兄として責任を持って、それこそ諸刃の剣を間に置いて休もう。
そのように伯母上やマリー゠アンヌに説明するし、あなたも伯母上たちも納得してもらえるだろうか?」
信じて納得するのはルイーズだけのような気もする。しかし、独身のそこそこ若い男女、従兄妹同士だし、別々に休むと紳士として応じるべきだろう。
疑わしそうにベルナデットは尋ねた。
「本気?」
「真逆」
彼の女は口の端を片方上げた。