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君影草  作者: 惠美子
第二十七章 芝居か現(うつつ)か
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 小娘が寂しげな視線をくれた。下手に愛想を見せてはいけない。

 俺と踊ったお陰なのか、フランス貴族らしい男性が小娘に近付いていって、レヴァンドフスキ伯爵にお嬢さんを踊りに誘いたいのだが、と紹介なしに申し出ようとしている。伯爵に気に入られるなら重畳だ。

 背中で伯爵とフランス貴族の遣り取りを聞きながら、俺はゴルツ大使の許に戻った。

 大使は貴婦人方と談笑していたが、丁度一区切り付いたようで、側に来た俺に一瞥した。

「酔いを醒ますには長い時間だった」

「はい。寄り道をしました」

「寄り道……。レヴァンドフスキ伯爵といたようだが、話の内容は理解できたのかね?」

 大使はどこにでも目が付いている。

「幾らかは。後は言葉を暗記してきましたから、復命しましょうか?」

「明日にしてくれ。それまで忘れないように」

「了承しました」

 ひそひそと会話を終えると、また貴婦人方が話し掛けてきて、賑やかな座になった。人の妻となったご婦人なら、将来がどう、理想の生活がどうとか言わないのだから、気が楽と言ったら、咎められるだろうか。しかし、同じように肩先まで露わになったドレスを纏っていながら、小娘と既婚女性は違っている。より大胆であり、服の意匠も仕草も男の目を意識している。簡単にはなびかぬと澄まして扇で顔を隠し、謎かけのような言葉で扉は開かれていると伝えてくる。

 こちらは一々花を手折る気はない。女性との会話で多少は男として魅力があるのだろうと試して満足だ。

 お遊びはお遊びとして割り切れる内が安全。ご亭主に角を生やす真似は遠慮しておこう。篭絡して利用しようと思う女性は今の所いないし、詰まらぬことで噂になるのはごめんだ。火の無い所に煙を立てられたとしても、身の潔白を主張するには嘘が無いのが一番だ。

「大尉さんは巴里で恋人を作ろうとしないの?」

故郷(くに)に許婚がおりますから」

 と何度も同じ言い訳を繰り返した。大使は明後日の方向を向いて、苦笑している。許婚に操立てする若い男に本気になられたら後々面倒だと手を引く女性もいれば、それでもなおからかいたい、モノにしてみたいと目を輝かす女性もいるが、こちらは至って冷静だ。お遊びに本気になったら、無一文になっても賭け事に執着する奴と変わらず、嘲笑を買う。醜聞の主や笑い者になりたくなかったら、会話や媚態を楽しみ、上手に躱しているのが無難で、面白い。

 馬を操り、銃を撃つ、軍団で過してきたこれまでの日々と比較して、空虚だ。

 これが命を賭ける仕事なのかと疑問にとらわれながら、愛想を売り、北ドイツ連邦を利する情報や人脈がないかと、聞き耳を立てている。

 士官学校を病気で中退したアルベルト・シュレーダーを思い出す。かれは今どうしているだろう。戦いの後、俺がこんな職務に就いているのを見てどう感ずるだろうか。順調に出世していると言ってくれるだろうか。それとも、工場勤務をしたり、また病の床に就いたりの生活をしていて、堕落していると俺を非難するだろうか。

 効率良く仕事をしろと鞭打つ管理者やそれを取りまとめ収益を手にする資本家がいて、栄養不足や結核などの病、事故に悩まされながら手っ取り早く現金を得られる手段と工場で働く市民たちがいる。紡績の工場労働者がいて、メゾンで縫製をする職人がいて、宮廷の晩餐会に集う貴婦人や紳士たちの服が誂えられる。金属加工の工場があって武器や、線路、蒸気機関が作られ、街は生まれ変わる。

 享受するだけの側の宮廷の人間たち。

 花は花の役割があるか。

「アレティン大尉は芝居に興味があるようです」

 ゴルツ大使が話の輪の中で知性的な雰囲気の貴婦人に教えていた。

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