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君影草  作者: 惠美子
第五章 決闘
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「親愛なる騎士アレティンさまへ


 秋の日差しが物寂しい季節になりましたね。お元気でお過ごしですか?

 わたしは今、貿易商のディナスさんからのご紹介を受けて、やはり貿易商の方のお家で家庭教師をしております。(プレヤデン)ばかりでなく、ハンブルグやフランクフルトにもお店を持つほど手広くお仕事をしている方です。ある程度生活の落ち着きが出たら、次は後継者に教養を付けさせたいと願うのは誰しもが同じです。そのような事情で、わたしのようなはみ出し者ですが、婚期を逃した貴族の娘でも、子どもの躾をしてくれたら箔が付くとお考えになっているようです。

 あなたから成金の家に雇われたらどうするのかと心配していただきましたが、大丈夫ですわ。雇い主のローンフェルトさんは上品で、決して給与を支払う側だからと尊大になるようなことはございません。元は没落した貴族の子孫と聞いておりますし、教養があり、目配りの行き届いた方です。奥様はプロイセンの郷紳(ユンカー)のお家の出で、音楽好きの方です。まだお子様が幼いので、わたしよりも乳母の出番が多いのですが、お子様の基礎的なお勉強を教えるほかに、奥様のお話相手をしております。

 奥様は、時々プロイセンのお話をしてくださいます。この度の戦争の講和条約が十月に正式に締結され、プロイセンとオーストリアがホルシュタイン公国とシュレスヴィヒ公国を共同統治すると定めました。元々は二つの公国はデンマークに帰属しないと始まった戦争ですのに、結果がこうなり、アウグステンブルク公爵はプロイセンで籠の鳥のような生活をなさっていると聞きます。

 財産を何も持たないのも辛いですが、持ちすぎるのも良くないですね。相続権、それも王権となると、直系のご子孫がいない場合に口を出したくなるものなのでしょう。アウグステンブルク公爵がお気の毒とは申しませんが、あの宰相さんは悪知恵のある方のようですね。

 プロイセン軍でナポレオン一世の時代から軍人を務めていた方がデンマークを攻撃していたそうですわ。色々と武器も新しく開発されていますし、総参謀長が鉄道や電信などの最新の技術を利用して作戦を立案しました。でもその古くからいる元帥さんがやみくもに攻撃するばかりで作戦を無視するので、プロイセンの陸軍大臣がお怒りなったなんて話を聞きます。元帥さんは八十歳とか。総参謀長さんは六十を過ぎておいでなので、退職したいと願われたそうですが、デンマークとの戦争の作戦が優れているとローン陸軍大臣もビスマルク内相もプロイセン国王も気に入られ、そのまま総参謀長の席に留められたそうです。

 ここから先はローンフェルトご夫妻とお話しておりませんが、わたしは思うことがあります。シュレスヴィヒとホルシュタインの二つの公国に住むドイツ同胞をデンマークの圧政から救おうと声高に愛国心を煽り、プロイセン国内問題から目を逸らせ、そして戦争に持ち込み、勝ちました。戦勝気分がプロイセン国民の目を曇らせなければいいのだけどと不安になります。多数の戦死者が出ましたが、恩恵を受けた者もおります。

 色々と武器も新しく開発されていますし、プロイセンには鉄鋼王と呼ばれる工場主がおりますから、軍の備えをするには有利でしょう。

 あなたからは命を惜しむようでは軍人は務まらないとお叱りを受けてしまいそうですが、我が国の陸軍とプロイセンの陸軍は大分違うようです。お命は大切にしてください。

 友としてあなたを本当に本当に心配しております。


オスカー・フォン・アレティンさまへ


               アグラーヤ・フォン・ハーゼルブルグより 」


 アグラーヤから手紙が来た。執事のディナスを通じて、アンドレーアスやアイゼンハルト侯爵に、アグラーヤが実家を離れて自活したいと言っているので家庭教師かご令閨の話し相手の口がないかと伝えていた。時間がかかったが、よい働き口を見付けられたようだ。貿易商といっても、貴族の出らしいから、家庭教師を女工のように働かせはしないだろう。

 それにしても。

 総参謀長モルトケに鉄鋼王クルップか。

 軍事には素人のアグラーヤが知るような程度のことしか、この南部の軍団に伝わってこないのが腹立たしい。

 アグラーヤ、俺は出生を祝福されなかった人間だ。今更惜しむ命ではない。

 そう、どうせ散るのならば、間抜けな装備で戦場に立ちたくはない。兵士は弾除けでも案山子でもない。


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