六
「今晩もゴルツ大使とご一緒ですか?」
宮廷晩餐会よりもオペラ観劇で覚えていたようだ。最初に会ったのは確かにそちらが先だ。晩餐会では長く話をしたつもりだったが、あまり印象に残らなかったか。娘が執着していると意識されたら困るから、大使の添え物ぐらいでいるのが伯爵の人脈の順位からして相応だ。
「はい。少々席を外しておりましたら、お嬢様とお会いしまして、それでここにまいりました」
「そちらのお美しいご婦人は?」
流石に見逃さない。
「巴里に来てから知り合いになった方です。マダム・ポーリーヌ・ローズ・ド・デュフォールです」
「初めまして、ご機嫌よろしう。ド・デュフォールです。巴里生まれ、巴里育ちで、異国の方のお話を伺うのが好きなんです」
マダムは優雅に腰をかがめた。
「素敵な方でしょう?」
と、レヴァンドフスカが付け加えた。
「先にお名乗りいただいて申し訳ない。私は伯林から来ているピォトル・レヴァンドフスキ伯爵です。息子と娘を連れて、この夏巴里に万国博覧会を見物などの巴里の観光をしています」
伯爵は一礼し、マダムの手を取り接吻した。伯爵は話をしていた紳士方を次いで紹介をしていき、挨拶が繰り返された。
レヴァンドフスキの若々しさよりもマダム・ド・デュフォールの成熟と洗練が、男性の視線を集めた。愛想笑いをしながら、巴里に集まっている異国の産物や変わった衣装や舞踏などの話題に始まり、次第にクレディ・モリビエなど銀行業界話に移っていき、結局の所、小娘は黙って会話を聞いている側になっている。小娘は初対面のマダム・ド・デュフォールに好感を抱いた様子で、大人の話に口出しせずに堪えている。知っている事柄に言葉を発したいのだろうが、上手く自分に注目を向けられない。
お喋りの中心になるのは、自分の口を開閉し続けていればいいとは限らない。相手にも語らせ、意見を引き出さなくては面白くない。マダムは私見を披露しながら、貴方はどう? とさり気なく、情報を差し出させている。
こちらも勉強になる。話の輪で聞き役に徹していているのは楽だが、知らぬうちに口を割らせるのには、まだまだ俺はヒヨっ子だ。
自分の魅力を利用しているにしても、いつの間にか快く知っている事柄を提供させていくのだから、これは技術だ。
経済方面は疎いが、丸暗記する気で聞いていよう。
「今晩は、良い出会いがあって、良いお話ができました。またお話をお聞かせください」
マダム・ド・デュフォールは扇をひらひらとさせ、丁度いい所で切り上げた。これ以上続けていると、踊ろう、飲みましょうと、手を差し出されると、判断したのだろう。面倒な場からはさっさと去るのが一番。
「それでは失礼しましょうか」
と、俺に話し掛けてきた。
「そうですね。踊るお約束をまだ果たしていただいていませんから」
俺も合わせた。
「ええ、是非。
皆様、それではご機嫌よろしう」
「ご機嫌よろしう」
一礼して、二人でそこから離れた。レヴァンドフスカが扇で顔を隠せと教えられたのを忘れたように、こちらを見詰めていた。
「後からあのお嬢さんと踊ってあげたら?」
踊ったら、もう俺に用がないらしい。
「跳ね返り娘と?」
それならゴルツ大使の側に戻るのを選ぶ。仕事中だ。
「大尉さんがどんな人柄か知りもしないで、十代の頃って本当に憧れだけで生きていける」
「憧れなら憧れのままにしておいた方が、彼の女にとって仕合せでしょう。俺は軍人で、去年戦場に出て負傷し、また人の命を奪いました。今はここで人の知られたくないことを探るような仕事をしている。小娘に熱を上げられても、失望させるだけです」
「決め付ける必要はないでしょう」
マダム・ド・デュフォールの声は、ベルナデットやアグラーヤのようにやさしく胸に響く。渇きを癒す薬であり、耽溺してしまいそうな毒でもある。
空いた場所があったので、そこで二人向き合い、今度こそ邪魔が入らない中、一曲踊った。




