五
だからといってレヴァンドフスカを可哀想とは感じない。この小娘は衣食住の心配なく暮らし、身の回りの世話をしてくれる侍女がいる。工場労働で管理者から仕事を急かされ鞭打たれたり、家庭で水仕事や針仕事で手を荒らしたりして、自らや家族を支える生活の苦労と無縁に生きている。父から夫へと、保護してくれる男性の間を行き来する、解語の花。フェリシア伯母やアグラーヤのような、貴族女性の規格から外れた人生を想像できない、温室に飾られた鉢植えの花に過ぎない。
額に汗して労働しなくて済む環境に感謝して、教養を身に付けるなり、信仰と奉仕に目覚めるなりして欲しい。寂しさと退屈を紛らわせる術を自分で思い付こうとする時間は十二分にあるのだから。
結婚相手に知性を求めない男性がいるのは承知だが、好奇心のまま行動する愚かさを歓迎する阿呆はいない。
「マドモワゼル・レヴァンドフスカ、そんな泣きそうなお顔をなさないで。ムシュウ・アレティンは貴女に良かれと思って言っているのですから」
マダム・ド・デュフォールは教え諭す。
「マドモワゼル・レヴァンドフスカはお美しいですわ。すぐに拗ねたり、べそをかいたりしていたら、幼く見られてしまいます。どうしても表情に出てしまうのなら、お持ちの扇で隠すようになさいな。お顔を隠せば慎み深くて、神秘的だと思い込んでくださる殿方がいらっしゃるかも知れません」
大口開けて笑うのも誤魔化せる。
女性の媚態の技術を男の前で伝授するのもどうかと思うが、レヴァンドフスカの儀礼が通り一遍なので、そこは巴里風に仕込んでみたくなるのだろう。
「有難うございます、マダム・ド・デュフォール。
お邪魔をして申し訳ございませんでした。お詫びと言っては何ですが、アレティン大尉さえよければ、父の所にまいりませんか? マダムを父にご紹介いたします」
気乗りしないが、水を差すのは不自然になる。マダム・ド・デュフォールからの視線に俺は肯いた。
「伯爵が大事なお話をしていて、それを中断させたらこちらこそ申し訳ないが、マドモワゼル・レヴァンドフスカが仲介してくれるのなら」
「父は新しいお知り合いができるのを拒みません」
社交場では誰だってそう振る舞うさ。
マダムは俺に何やら含むように微笑んだ。プロイセンの財産家の顔を拝み、自分を印象付けておこうとする程度で済まして、俺と踊って、バイエルン国王や廷臣たちの身辺を探る任務優先で過してくれるといいのだが、彼の女の腹積もりはどうなっているのやら。
「ではマドモワゼルにお願いします」
とマダム・ド・デュフォールが答えると、レヴァンドフスカは父はあちらにいたはずと、俺たちを促した。きちんとした礼装で装っていても人形ではない、談笑に踊り、飲食と騒がしく熱気を漂わせる人の波をよけながら、ゆっくりと進む。レヴァンドフスカは父の姿を確認した。
話相手の方が娘の姿を認めたようで、父の伯爵に注意した。レヴァンドフスキ伯爵は娘の方を向いた。
「これはこれは、ご機嫌よう、ええと……」
「ご機嫌よろしう、お久し振りです。大使館付きのアレティン大尉です、レヴァンドフスキ伯爵」
伯爵には俺程度の士官は記憶しておく必要がないのだろう、さっさと名乗り付きで挨拶しておくのが無難だ。伯爵は思い出したとばかり、肯いた。




