四
大輪の花の前で萎れたように蕾は改めて挨拶をした。
「初めまして、マダム・ド・デュフォール。お見苦しい所をお見せして、わたしこそごめんなさい」
「いいえ、わたしが不躾でした」
レヴァンドフスカは首を振った。
「いいえ、父は母を亡くしてから再婚していませんから、公の場に招待された時はわたしを同伴役にしますけれど、仕事の話が始まるとわたしには判りませんし、聞かせたくないのか、好きにしていなさいと、放り出されてしまいます。
わたし、それで周りの方たちから無視されがちで……。
わたしは父や兄にとって上着のポケットを飾る手巾なんです」
小娘は家族からの扱われ方が寂しい訳だ。しかし、この小娘は会う度に違う服を着ている。父親なりに規則に沿った夜会服の数を誂えてやる財力と気遣いはあると見える。ただの見栄、同伴者で恥をかきたくないからの必要な経費と考えているのか、そこまでは判らない。気の利いた侍女がいないのが残念な点だが、そこは男の考えが至らない面と言えよう。いずれは誰かと結婚させる心積もりであるはずの娘、粗略にしまい。
「かなしいことを仰言るものではありませんよ。それに上着に手巾がなければお洒落は完成しません。
貴女のお父様は、本当は上着のポケットに入れておきたいほどマドモワゼルを愛されていらっしゃいますとも」
上手いことを言う。レヴァンドフスカは愁眉を開いた。すぐに嬉しそうに、マダム・ド・デュフォールを見詰めた。母がいないとなると、年上の女性から注意されるばかりで、褒められるのに慣れていないのかも知れない。
「有難うございます」
踊るのを邪魔されて、このままレヴァンドフスキ伯爵の所へ行かなければならないのだろうか。ボンボンでもくれてやって追い払いたいのだが、簡単にいきそうもない。
「ムシュウにご用だったのかしら?」
「ええ、一人でいましたから、大尉をお見掛けして声をお掛けしたくなりました。マダムには失礼しました」
「あら?」
マダム・ド・デュフォールが眼差しを向けてきた。
「マドモワゼル・レヴァンドフスカは伯爵家のご令嬢。私は爵位のない、しがない陸軍士官です。お父上や兄上に要らぬ誤解をされたら困るのはこちらです。
お相手してくださるような殿方が来るように、もっとシャンとしていらっしゃい。どこでどんな貴公子が貴女を観察しているか知れません」
俺が説教しているとは滑稽だ。ベルナデットが言ったように、小娘が俺を気に入っていたとしても、父も兄も歓迎しないし、俺だって彼の女に興味がない。小娘は大人しく親の持ってくる縁談を待っているのが無難だ。火遊びは結婚してからするのが上流階級の暗黙の了解というもの。
令嬢は選ばれる側、たとえ選ぶ権利を主張してみても、親や親戚を納得させる相手でなければ結婚できない。交際が結婚に直結するのが未婚の女性の身動きし辛い点だが、結婚してしまえば、先刻の男爵夫人のように一国の国王に色目を使っても笑い話で終わるのだ。だから同情はしない。
跡継ぎを儲けたら、役者に入れ込んでいた俺の母のような貴族女性は珍しくもないだろう。
未婚の貴族女性は純潔でいることも一つの財産なのだから、醜聞を作れない。この小娘はそれを理解していない。乳母や家政婦が掛ける言葉を、俺が言っている。話を聞いてやり、大事なことを教えてやる家族や親身な使用人がいないのだろう。この小娘には、ディナスやフェリシア伯母の存在がいない。




