三
そろそろ宴の席に戻ろうか、それともマダム・ド・デュフォールとともにフランス側に愛想を売りに行こうか、わずかの間迷った。夜風に乗って流れ込んでくる緑と花の香りが気分を軽くする。多少楽しんでも罪にはなるまいと、マダムに手を差し出した。
「この前はロジェフスキに譲りましたが、踊りませんか?」
「ええ」
マダムは当然といった感じで手を重ねてきた。彼の女の手を引いて、踊るのに程よい空間を探して進み出た。長い時間経っているので、どこも会場は熱気や湿気が漂っている。端っこ過ぎては蝋燭が危ない。真ん中に行っては目立つだろうか。
諜報員といってもこうして公式の宴に居るのだからこそこそしていても始まらない。空いた場所を見付けたので、そこで立ち止まった。マダム・ド・デュフォールも了解したようだ。向かい合って一礼して手を取り直そうとしたところへ、扇をパタパタと使って合図をする女性が近付いてきた。知らぬ振りをしようとしたが、マダムの方が小娘に気付いてしまった。
「ご機嫌よう、アレティン大尉」
仕方なしなし、俺は返事をした。
「ご機嫌よろしう、マドモワゼル・レヴァンドフスカ。もう伯林にお帰りになったと思っていました」
「父が予定を延ばしたので、巴里の滞在が続いています。お陰で、万国博覧会へ入れ替わりやって来る軽業や手品の芸人を観にいけます。
こちらの方は? ご紹介いただけます?」
はいはい、仰せのままに。マダムは構わないらしい、表情は社交用だ。
「巴里に来てから親しくなった友だちです。マダム・ポーリーヌ・ド・デュフォールです」
友だちの言葉にどう反応してくれるか。
案の定、レヴァンドフスカは目をぱちくりしてみせた。邪推しようが、誤解しようが知るものか。
「ポーリーヌ、こちらは、ピォトル・レヴァンドフスキ伯爵のご令嬢ヨアンナ・レヴァンドフスカです。プロイセンの伯林からいらしています」
マダム・ド・デュフォールは小娘とはまた違った驚き方をした。驚きの中に、少なからぬ喜びがあり、狡猾さが蛇の舌のようにちらりと見えて、消えた。
「まあ、レヴァンドフスキ伯爵の? お噂は聞いております。是非お近づきになりたいと思っている方です。伯爵にわたしを紹介してくださいません?」
金融や投資の方面で探りを入れておきたいと人物と考えているのか、橋渡しを簡単に引き受けていいものか、肌に残る汗が一気に冷たくなった。俺の胸に内の小波より、小娘の口の曲げ方が彼の女の視線を惹き付けた。
「初めましての挨拶よりも、わたしよりも父に関心を持たれているのですか?」
悪びれた感もなく、マダム・ド・デュフォールは余裕を持って小娘に対した。
「ごめんなさい、お嬢さん。謝りますから、気を悪くなさらないでください。プロイセンのレヴァンドフスキ伯爵は有名な方ですからつい口から出てしまいました。
ごめんなさい。仲直りいたしましょう。
初めまして、マドモワゼル・レヴァンドフスカ。わたしはポーリーヌ・ローズ・ド・デュフォールです」
右手を差し伸べられて、小娘ははねつけられず、右手を出した。まるで優しい修道女か乳母と駄々っ子が並んでいるようだ。それぞれ明るい色の髪に、白やピンクの色の混じった夜会服を纏っているのに、華やかさや優雅さに大きな差がある。咲き誇る大輪の白い薔薇がマダム・ド・デュフォールとすれば、レヴァンドフスカはまだ蕾がほころび始めた程度の薔薇か、枝を彩る林檎の花。




