十
カフェ・ド・ラ・ペで昼餐を済まし、行きとは向かい側のブールヴァールの歩道を見物しながら、ティユルへ戻った。ルイーズは歌でも歌い出しそうな軽やかさで、右手を預かるこちらは駆け出さないかと、乳母さながらに歩調を合わせていた。後ろに続くベルナデットも似たり寄ったりで、彼の女に視線を送り、声を掛けようとする伊達男が一人ならずいたのだが、俺が追い払う必要もなく、姪っ子の動きに集中していた。
ルイーズの子守りにこんなに気を遣うとは思いもしなかった。年齢差のある女性の活力は意外にとんでもない。
もう少しすれば行儀良くなって、大人しくなるだろうが、まだまだはしゃぐ子どもだ。色恋を意識するには若葉を拡げる勢いが強すぎる。緑を濃くするよりも、薄い色でも手足を伸ばして、成長を完成させるのが先の大事だ。赤毛に近い髪の色だって金髪になってくるだろう。
今日は将来淑女になる為の良い経験。上流階級の出入りするような社交場に顔を出して、どんな服装や振る舞いが相応しいか、そして自分がそれを身に付ける努力をどうしたらいいかと目の当たりにした。
俺は話が通じる、理解ある親戚の小父さん(お兄さんは無理があるような気がする)として、上手く指導役を演じられたと思う。叔母さんと大人の会話をしたかったが、ルイーズと一緒では、無理だった。
「家には寄っていかないの?」
店の裏口で、ベルナデットが尋ねた。
「いや、時間が取られると、休みたがっていたマリー゠アンヌに悪い。それよりも、ルイーズを置いて、これから二人で出掛けないか?」
「今日はお邪魔しちゃったものね。ごめんなさい、でも有難う、お兄さん。
いいのよ、お姉さん。ママンや、おばあちゃんにはちゃんと言っておくから」
ベルナデットは、少しの間、考え込んだが、残念そうに首を振った。
「明日は予約のお客様があって、忙しくなりそうなの。だから、遅くなる訳にはいかないから、今日はここで失礼するわ」
仕事を出されたら、こちらは無理強いできない。おざなりの仕事をしないのが彼の女の信条のはず。失望を見せないように次を提案した。
「今度、リュクサンブール公園の散歩に付き合ってください。あと、オデオン座の演目を調べておきますから、良かったら散策の後に観劇と夜食までお付き合い願えますか?」
ベルナデットは最上の笑顔で応えた。
「ええ、是非そうしたいわ」
「嬉しいお返事です」
わたしもいつかお兄さんのような紳士にそんなふうに言われてみたいと、ルイーズがからかい、別れの挨拶に飛びつくようにして、両頬に接吻してくれた。身長差があるからだが、勢いを付けてきたので、後ろによろめきそうになった。
「また会いましょう」
「ええ、左様なら」
ベルナデットも両頬に接吻してくれた。俺はそれでは気が済まない。抱き寄せて、額に口付けした。ルイーズが両手を口に当てて驚いていた。ベルナデットも赤くなった。嫌がって怒ったのではない。
「ルイーズが見ているじゃないの」
と言いながら照れている。
「おばあちゃんに言っちゃおう」
とルイーズがお道化た。
「言ったっていいよ」
ベルナデットはますます照れたように顔を隠し、ルイーズがわあっといった感じで笑顔を作る。
ここまで親しく、近しいのに、肝心の所で今一歩。常に見慣れた月が手に触れられないと同じように、ベルナデットと詰めた会話ができていない、話だけで済ましたくない。合間を見ては、まめに通うしかないのだろう。




