九
シャン゠ゼリゼ大通りそのものが目抜き通りなのだから、近くに住んでいるのに大通りを散策してみても今更はしゃぐような場に目に映らないのではと感じるのだが、やはり子どもがうろうろして楽しむような場ではない。子どもたちだけで遊ぶとしたら店の裏か、公園まで足を延ばす。小遣い銭に限りがあるし、店も客を選ぶ。ふらりと入れるような気安い店は別の所や、馬車での移動の食品店くらいか。
コリゼ通りからブールヴァールの通りへ出た。物珍しさにきょろきょろと顔を動かすよりも、既に目を付けている店などあるようで、ルイーズはあの店で立ち止まって窓から色々見てみたい、良さそうだと判断してくれるのなら、一緒に中に入ってちょうだいと、注文を付けてきた。
好みが似ているようで、ベルナデットはどこそこよりはその店の品揃えは見応えがあると、後ろからと伝えてくる。
日曜日が休みに当たっているなら眺めるだけになるのだが、店内に遠慮なく、それこそ街をうろつく変な輩に絡まれる心配がないのだから、歩みは軽やかだ。
二、三軒、雑貨屋や古着屋を巡ってルイーズは有意義に過せたと上機嫌だ。そうそう大した物を見た気にならないのは俺が男で年長だからだ。退屈を隠して付き合っていると、ばれないように、こちらも穏やかに腕を貸している。ベルナデットはそれなりに品定めをして、眺め入っていたので、良い物を見付けられたのだろう。
以前ベルナデットと訪れた、グランドホテルのカフェ・ド・ラ・ペに入った。ルイーズには贅沢が過ぎるかも知れないが、一度くらいいいだろう。
「こんな素敵なカフェに入れるなんて、感激だわ」
ルイーズにはどんなことも初めて尽くしの目新しい事柄なのだろう。見ていてこちらも高い山に登っての清々しかった光景を思い起こさせる、新鮮な気分になってくる。有難いことだ。
「叔母さんを忘れないでね」
皮肉っぽくベルナデットは付け加えるのを忘れなかった。ルイーズと並んで座り、テーブル越しの席に俺は一人掛けた。
見知った婦人が給仕に案内されて、一つ奥のテーブル、俺の後ろの席に座った。メニューを見ながらベルナデットとルイーズが顔を突き合わせている最中、後ろの婦人が扇を使いながら囁いた。
「ご機嫌よう、ヒヨコさん」
俺は視線を正面に据えたまま答えた。
「ご機嫌よろしう、マダム・ド・デュフォール。今日、私は私用です」
「わたしは仕事。それでも貴方にはお連れがいて残念だわ」
「バイエルンの国王が宿泊するのは別のホテルと聞いていますが?」
バイエルン国王のルードヴィヒ2世がお忍びで来仏すると、何故か全ヨーロッパ中に知られている。
「それは別の人が付いているからいいの。プロイセンの王族の方々と違って、あの国王陛下は気紛れでしょう。お芝居見物の後に立ち寄るかもと、わたしはここで待機。
ヒヨコさんがお仕事でなくて一安心。じゃあごゆっくり」
「ええ、ご機嫌よろしう」
正面の二人には聞こえていない。品書きの一つ一つを、聖書の言葉のように丹念に読んで、美味しいのかしら、高価よね、とうるさくならない程度にさざめいている。
「お好きな物を一品ずつ頼めばいい。ご馳走するから気にしなくていい」
まあ、とルイーズはメニューを俺に見せるようにして、これはどうかしらと尋ねてくる。無邪気そのもの。いい加減にしなさいとたしなめつつ、ベルナデットも誘惑されて、メニューに視線を泳がせている。
この場は好きな物を注文して、大人しくしていてくれたらそれでいい。マダム・ド・デュフォールが何をしているか、差し当たって邪魔しないし、今は興味が湧かない。