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君影草  作者: 惠美子
第二十六章 手に触れ難き、夜半の月
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「可哀想と思っているだけでは何にもならないわ。猫を放してやって、梯子を片付けなさい」

「はい、ママン」

 ルイーズは猫を地面にそっと置いた。猫は周囲を警戒するように見回すと、さっと駆けていって姿を消した。

「私が片付けるのを手伝うから、どこに運ぶか教えてくれ」

 梯子を屋根から外して、元の通りに畳んで、持ち上げた。

「あら、有難うございます。こっちです、お兄さん」

 ルイーズは裏へと手招きした。裏口から入って、物置のように道具が置かれている場所に、邪魔にならないように置いた。

 マリー゠アンヌが知らせていてくれたのか、ベルナデットが顔を出した。

「オスカー、ご機嫌よろしう。力仕事をさせてしまってごめんなさいね」

「ご機嫌よう、ベルナデット。これくらい構わないさ。屋根の上に蛙みたいな声で鳴く猫がいたら、気味が悪いだろう?」

「猫にも濁声があるのだと驚いたわ」

 ルイーズが割り込んできた。

「白い猫ちゃん、青い目をしていたから、ロージャが言っていたみたいにきっと耳が悪くて、猫同士の言葉が判らないのよ。

 猫を捕まえたら、モン……、ムシュウじゃなくて、わたしのお兄さんと呼んでもいいでしょ? お兄さんが梯子を登ってきて、わたしを肩に座らせて、降ろしてくれたわ」

 まあ、とベルナデットは呆れたような顔をした。

叔母さん(マ・タント)お姉さん(マ・スール)と呼んでいるんですもの、わたしと血縁はない方ですけど、お姉さんの従兄でお友だちなのだからいいでしょう?」

 ルイーズなりに俺との距離を測っての提案なのだろう。如何にも子どもっぽいが、ちゃっかりした女らしさが垣間見える。これは巴里娘だからと限るまい。

 ベルナデットは姪っ子の言うことだからと思案しつつ、どうも俺がルイーズを肩に乗せたのが気に入らないとでも言いたげで、視線に棘を感じた。

「屋根に登ったら危ないけれど、オスカー、あなたも危ないじゃないの。人を肩に乗せて、梯子を降りるなんて」

「ビール樽のような婦人なら乗せない。あなただったら、そもそも登らせない」

 ベルナデットは肩をすくめた。ぱさぱさのパンを噛み、飲み込みがたいのと似た気分かも知れないが、男性の礼儀としての行動だと受け入れてくれるだろう。こんなことで姪に先を越されたと思わないで欲しい。

「まずは無事に済んで一安心だわ。中に入ってちょうだい」

 裏の物置部屋から居間に通され、伯母や皆に改めて挨拶した。

「お仕事で忙しいでしょうに、こうして訪ねてきてくれると、嬉しいです」

 伯母、マリー゠フランソワーズは柔らかな日差しのように俺を迎えてくれた。

「お知らせ無しで、思い立って来たのですが、今日のご都合はよろしかったですか?」

「あなたが来るのに都合が悪いはありません」

「店は休みですから」

 お茶を淹れてきたマリー゠アンヌが席に着くように勧めてきた。マリー゠アンヌがこの店を切り盛りしているのだから、休日は貴重だろう。手間を掛けさせてしまった。長居して迷惑な客にならないよう、用件はさっさと告げて、ベルナデットを連れ出せるのかどうか、話題を振った方が無難だ。

「大使館の宿舎から引っ越しましたので、皆さんに新しい住所をお知らせに来ました」

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