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君影草  作者: 惠美子
第二十六章 手に触れ難き、夜半の月
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 言いだけ言い合って、大使館を出た。馬車を走らせ、セーヌ川を渡ればすぐに到着だ。扉を叩いて知らせると、マダム・メイエともう一人の女中が顔を出す。早速の荷物運びと心得て、玄関から部屋までの扉を次々に開けていってくれた。俺とヤンセン曹長で一抱えのずつの荷物を三往復で終わる程度の量しかない。後は手文庫を自ら部屋の奥に持っていって据える、それで済んだ。

 骨折りの駄賃と曹長や御者に一服させてくれるようにマダムに伝えようとすると、曹長は断ってきた。

「近いのですから、すぐに戻って休んだ方が楽ですから、結構です」

 自分の住まいではないから、眺めまわすのは失礼、寛げないと感じるのなら、仕方がない。

「大使館が気楽というのなら、そうしてくれ」

「はい」

 かえって気を悪くするかも知れないと思いながら、皆での飲み(しろ)に使ってくれと、ヤンセン曹長に幾らか渡した。

「役目の内なのですから、大尉は気になさらなくていいんですよ。でも、折角ですからこれで下っ端たちで一杯やります。お気遣い有難く頂戴します」

「ああ、ご苦労だった。これからも世話になるだろうから、よろしく頼むよ」

 敬礼を交わして、ヤンセン曹長は馬車で去った。

「ムシュウ・アレティン、お荷物の整理をお手伝いしましょうか?」

 もてなしの支度をしないで済んだマダム・メイエが声を掛けてきた。

「いや、それは自分でします。申し訳ないが、今晩はこちらで夕食を摂りたいので、お願いします。特別な準備は要りません、あなた方と同じ内容の食事で構いませんから、お願いします」

「はい、承りました。ご希望の時間に、お部屋にお運びします」

 午後に一度お茶をお運びしますと、マダム・メイエは部屋から下がった。

 荷物を前にして、俺は一度椅子に腰掛けた。運ぶよりも、中身を出して、使い勝手を考えながら、家具に詰め替えていく作業の方が面倒だ。荷物を改められたくないのもあるし、独り者の品物は大した量ではない。ゆっくりと片付けていこうじゃないか。

 まずはトランクに畳み込んだ服を拡げよう。

 大物は箪笥に掛けようと、大きな引き出しに入れておけば間違いないとしわくちゃにならぬように注意しながら、並べて入れていく。

 案外小物が難しい。箪笥の奥に小物用の戸棚があって便利そうに見えるが、しまい忘れそうだ。もっと手前に、大きな引き出しの隅にしまった方が忘れないし、取り出すのに便利じゃないか、いやいや、無理に詰め込んだらしわになる、とか、考え出したら止まらなくなる。それほどの数でもないのに、頭を悩ませる。もっと多く持っている伊達男や、貴婦人方は収納場所が大変だろう。

 そのうち自ずと判り易くて、使い易い場所に収まる、丁寧に仕舞っておけば、どうにかなるだろうと、なんとか荷物は片付けた。

 午後四時になって、マダム・メイエがお茶を運んできた。

「まあ、捗ったのですね。後は、ムシュウがご不在の折に、掃除のついでにトランクや箱を片しておきます」

「有難う。丁度区切りが付いたところだから、一休みするよ」

 夕食は早めの時間でいいかと、マダムは確認して、出ていった。フランス人だろうに、あまり愛想が良くないと感じるのは、気の所為か、俺の偏見か。親し気にされ、行動を詮索されるよりもマシだし、あちらも大使館勤めの人間だから口外できない秘密があるのだろうと余計なことは話し掛けまいと、胸の内で決めているのかも知れない。

 俺の推量が当たっているなら重畳だ。無口な女性は貴重だ。

 日が沈むと、マダム・メイエは夕食を運んできた。特別な準備は要らないと言った通りに、具だくさんの煮込みとパン、果物と多分彼の女たちと同じメニューであろう品だった。手堅い性格、ゲルマンもガリアもどっこいどっこい。蝸牛を出されるよりは余程いい。葡萄酒を付けてくれないし、要るかも尋ねなかった、しかし、物腰は柔らかで、親切そうなこのご婦人、修道女よりも真面目そうだ。

 同じでいいと言ったのは俺だ。マダム・メイエに注文するよりも、今度からは酒類は自前で準備することにしようか。ディナスみたいに飲み過ぎは良くないと、説教されたら困る。

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