十一
俺は真正面に座る女性の観察を続けた。卵型の顔に青い大きな瞳とすっと通った鼻筋が印象的だ。端正な目鼻立ちと異国的な雰囲気。取り澄ましながら色目を使う巴里の女性の媚態はなく、猛禽が近くにいないかと怯える小鳥のようだ。
給仕が変に気を利かせたのか、それともこの女性が目的あって俺に近付こうと仕掛けたか。精一杯のお洒落をしてきたつもりだろうが、どこか垢抜けない純朴さを感じさせて、この女性に裏表はなさそうに見えるが、女は判らない。注意は怠れない。
俺と同様、俺を観察していたであろう彼の女が顔を伏せた。間を置いてまた面を上げて、思い切ったように口を開いた。
「驚いたでしょう、ごめんなさい。お一人じゃ恰好が付かないでしょうからこっちにお座りなさいと、給仕さんが勝手に言い出して、強引だったんです。
ご迷惑でしょう?」
やわらかさを装おうとしながら、警戒が先に浮かび上がっている。男漁りに来たようではなさそうだ。猟犬に遭遇した小動物のように身を縮めている。
そこまで怖がるのなら、断ればいいものを、こちらも底意地悪い気分になってくる。遊び人のように振る舞おうか。
いや、ラ・パイーヴァの屋敷に誘える女性はいないかと物色していたのだから、かえって好都合だ。まずはこの女性の気持ちを解してみるとしよう。
「驚きはしましたが、迷惑ではありません」
女性はほっと呼吸を楽にした。
「でもお一人でいらっしゃるとは、お買い物の途中ですか?」
「いえ、そうではないんです。ちょっと出掛けてみたくなって、それでここに……」
俺と同じくらいの年齢のようだが、子どもっぽく言葉を切った。まあ、まだお喋りするような心持ちになれないのだろう。
「私は散歩がてらここに寄りました。人通りを眺めていました。
貴女が給仕に連れて来られて、一体どうしたものかと首を傾げたくなりましたが、ほんの少しの時間、ここでお話ししてみるのも悪くは無さそうですね」
「そうですか?」
「貴女が私を悪漢と判断されるのなら、お気になさらずほかに席を用意させるべきです」
俺が気を悪くしたとでも思ったのか、彼の女は手を振った。
「いいえ、いいえ、その貴方が悪い人だとか、そんなのじゃなくて、初めてお会いする方ですし、それも給仕さんの思い付きで席を一緒にされて、どうしようか、わたし、本当に困ってしまっているんです」
「いいんですよ。ご婦人だって一人で物想う時がおありでしょう」
俺は席を立つ振りで、帽子を手に取った。
「ムシュウ、先にいたのは貴方なのですから、席をお立ちになる必要はありません」
彼の女が腰を浮かし掛けた。
「それなら貴女もお掛けになってください。これも何かの機会ですから、貴女が私をお嫌いでなければ、コーヒーを飲む間、お話しをしませんか?」
彼の女はまだ緊張を解いていない。辻君と勘違いされていないかとか、俺が下心ありで接しているのではないかとか、ぐるぐると頭の中でこざかしい小魚が巡っているのだろう。それでいて、ここから逃げ出そうとはしない。俺が席を立っても、一人でいる女と軽んじて声を掛けてくる男がほかに出てくるかも知れないし、例の給仕がまた違う男を連れてくるかも知れない。まだ俺の方がましだと思ってくれるのならさいわいだ。
女性はまた俺を見る。小鹿のような小鳥のような面持ちのままだ。
「ご迷惑でなければ、少しだけ」
ぎこちない微笑みで答えた。




