九
「悪い思い付きではないでしょう?」
ラ・パイーヴァは世間知らずの小娘のように俺や伯爵の顔を見た。
「大尉のお連れなら喜んでお迎えしますよ」
伯爵は全く気にしていないのか、一つのゲームと割り切っているのか、ラ・パイーヴァの提案に反対しない。
ベルナデットは堅気の仕事をしていて、『ティユル』の顧客もブルジョワ層のご婦人たち、堅気の生活をしている女性たちだ。今はほぼヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵一人しか相手にしていないとしても(伯爵不在の時にもラ・パイーヴァは客を大勢招待しての晩餐会をするそうで、寝室にほかの男性が入るか、それこそ有閑階級の既婚女性と同様だ)、過去は洗い流せない。社交界から締め出されている女性の屋敷にベルナデットを連れていったら、彼の女の家業に差し障りが出る。俺がこの屋敷に出入りするのは仕事の為と理解をしてくれようが、自身が招待されてもベルナデットが承知するはずがない。
かといってマダム・ド・デュフォールを――誘えば二つ返事で了解してくれそうだが――連れてくるのは、わざわざフランスの諜報を引き込むようなもので、無理だ。
「小官にはできそうにありません」
「大尉さんなら難しいことじゃないですよ。道行く女性にお茶でもどう? と声を掛けてみればいいの」
ご婦人が色事師の手ほどきをしてくれるのか。俺の戸惑いを読み取って、ラ・パイーヴァは更にとんでもないことを言い出した。
「今月の内にここに一人娘さんを連れてこれるか、賭けましょうか?」
「賭けと仰言られても、負けと決まっております。賭け金にできるお金がありません」
伯爵が俺に言った。
「賭け金は私が出そう。もし、今月、七月のうちにアレティン大尉が女性連れで我が屋敷にきたら、私がテレーズに一つ宝石を贈ろう。
大尉が女性を連れてこられなかったら、テレーズは私に何をくれる?」
「あなたが私に下さった真珠の耳飾りをお返ししましょう。代々の家宝として伝わってきた大事な品なのでしょう?」
伯爵は肯いた。
「成立だ」
伯爵とラ・パイーヴァが二人して俺を見る。
「アレティン大尉、責任重大だ」
ゴルツ大使はすっかり他人事と決め込んだ口調だ。届くものなら大使の足を蹴飛ばしたい。こうまで条件を整えられたら、断れなくなる。
「マダムに損をさせないように努力します」
絞り出すような俺の声を皆が面白がっている。
芝居の話で楽しませてくれたと思って油断していた。男ばかりの会話で出てくるような遊びを提案してくるとは、やはり前歴が消せない曲者だ。新参の田舎者とからかいの種にしてくれた。
「護衛の仕事より、街歩きを優先して構わない」
何の為に巴里を歩き回っているか知っているのに、大使は意地が悪い。
「良かったわね、大尉さん」
ラ・パイーヴァは晴れやかだ。かつて自身を笑い、見下した男たちに快い復讐を行っている気分なのだろう。こちらは堪ったものではない。