七
広間に現れた女性は後援者のヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とゴルツ大使に微笑み、傍らにいる俺を一瞥した。
「ご機嫌よろしう、皆様」
いかにもサロンの女主人といったもてなしの愛想を浮かべながら、重々しく歩み寄ってきた。目の下や頬から顎、首の辺りは年齢を隠せない。念のいった化粧や、体に冷えや重さを与えないかと心配になるくらいの宝飾品が頭から耳、首、胸元、ドレスへとびっしりと飾られている。スラヴ系を思わせる目元は、きっと若い頃から男を魅了してきたのだと納得させるだけの輝きを放っている。
「グイド、こちらは新しいお客様なの?」
女主人は伯爵に視線を向けた。
「ああ、ロベルト――ゴルツ大使が連れてきた新任の駐在武官だよ」
伯爵から言葉を受けて、ゴルツ大使が俺を彼の女に俺を紹介した。
「アレティン大尉、彼の女が私の大切なテレーズだ」
「テレーズです。よろしくね、大尉さん」
俺は都会にも女性にも不慣れなお上りさんそのもので挨拶をした。
大粒の真珠の耳飾りと幾重に束ねられた首飾りに、ダイヤモンドやエメラルドの指輪に目が奪われて、肌に年齢が出ているかなんて気にならなくなってきそうだ。差し出された右手は瑞々しさを失ってもなおふっくらと滑らかで、労働せず、手入れを怠らないで過しているのが判る。右手の温かさを、大ぶりで全ての指にある指輪が奪っているようで、儀礼的に手を取り、唇を寄せると冷たい。
今まではどこの部隊に属していたのかと伯爵が尋ねてきた。自分で答えていいと大使が促すので、経歴は隠さない。正直にカレンブルク王国の南部軍団にいたと説明した。
「ほう、それでは去年どこにいたのかね?」
「ハノーファー軍と一緒にいました」
「ではフリース少将とランゲンザルツァで善戦した」
「はい、左様で」
「現在はプロイセンで巴里の大使館で駐在武官、大した出世だ」
ここで腹を立てては台無しだ。感情を胸中に抑えこんだ。
「プロイセン軍の方々の目に留まり、小官は幸運でした」
伯爵は穏やかに微笑んだ。これ以上は踏み込まないでくれそうだ。勝者側は鷹揚で寛容だ。しかし女主人の方が面白がって尋ねてきた。
「まあ、では戦争で負けてプロイセンに組み入られた国のご出身?」
ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵とゴルツ大使の表情が凍り付いた。多分、俺もそんな顔をしているのだろう。
腑抜けた面を見て、ラ・パイーヴァ、テレーズ、どっちで呼んだらいいものだろう、彼の女は実に楽しそうに声を上げて笑った。
「こうしてここにいるのはどんなお気持ち?」
如何なる宝石よりも強い輝きの双眸が俺を見上げている。
「わたし、今の主人と一緒になる前、ほかの男性と暮らしていました。その男性はわたしに教養と儀礼を授けてくれたわ。ピアノ奏者だったその人はわたしを社交界へ連れていってくれたけれど、わたしは巴里の社交界の淑女たちから無視され、冷たくあしらわれました。
でも今はどう? ここは巴里でも話題の社交場、ここに招待されるのを光栄と待っている名士方が沢山いるわ。
貴方はいつかプロイセンの偉い方々の鼻を明かしたいと心に期すものがおありじゃないの?」
大富豪を後援者、夫と言っていい立場に持つラ・パイーヴァ、果てのない欲望と上昇志向を隠さない。屈辱をも生きる活力に転換して、多くの男を踏み台にして伸し上がってきた逞しい野心の持ち主。彼の女を得体の知れない流れ者と呼ぶのは大間違いだ。とんでもない傑物で、危険な香りを漂わせている。プロイセンの宰相閣下の親戚で若い友人の伯爵、そして近しく連絡を取りあう大使の前で、俺に実に挑戦的な言葉を投げ掛けてくれた。




