五
気に入られればと言葉を選んでくれているが、要は俺の容姿を見込んで、ラ・パイーヴァの思し召しに適えば俺を犠牲の子羊に差し出して、娼婦の宴会のお誘いを減らそうと目算している。そして、それを利用して情報収集の場として俺に使えと。
外交官とは本音をはっきりと言わずに、真意を覚らせるのがお得意だ。
年上の女性が嫌とは言わないが、ゴルツ大使の口調からして、十六世紀のフランス王アンリ2世の寵姫ディアンヌ・ド・ポワチエのように五十、六十になっても三十そこそこにしか見えなかったと伝えられるような見た目ではなさそうだ。
どのような姿をしていようとも驚かず、女性の耳に心地良いような褒め言葉を言う。服装選びよりもそちらの心の準備が一番重要そうだ。
フェリシア伯母は甥の贔屓目抜きで、四十過ぎても上品で麗質に恵まれていた。病の為に静かな暮らしを選んでいたし、伯母は独り身のままだった。
フェリシア伯母やベルナデットの面影を思い浮かべるのは止めよう。期待外れの容貌をしていて、それが顔に出たら大変だ。
「ゴルツ大使、その招待主の髪の色は何色なのですが?」
「カツラや派手な帽子で記憶にない。多分明るい色だ」
「もう少し予備知識をくださいませんか?」
大使は難しい顔をして、考え込んだ。大使も伯爵の爵位を持っているから、外国の侯爵が結婚を望んだ、プロイセンの富豪の伯爵が囲っている、との事実は、娼婦の箔ともなんとも感じていないのが本音だろう。生まれも知れない女性が上流階級に割り込んでくるのがただただ不快。しかし、ヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵家の手前それを言えず、また、ラ・パイーヴァが贅沢好きの宴会好きで出入りする人間が多いことから、人脈の活用と情報の収集と操作に便利、誰が招待主だろうと宮廷晩餐会に列席するように参加する。家格に応じての結婚する貴族が結婚相手とは別に恋愛しようと、余程のことがない限り非難されまい。
だがヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵は独身だ。
故郷のプロイセンでない享楽の巴里とはいえ、結婚しないうちから高級娼婦に入れ込んで、評判を落としているとも言える。
プロイセンの大富豪をモノにして散財させていると、逆に巴里っ子には痛快さがある。
「ラ・パイーヴァは退屈が嫌いだ。とにかく騒ぎ立てたい。目新しいことをしたい。その為にヘンケル・フォン・ドナースマルク伯爵は幾らでも払うと約束させられているから、際限がない。
ラ・パイーヴァの美容、服飾、宝飾だけでなく、家具や調度品も一流、食事も美味・珍味と聞けば何でも取り寄せる。
彼の女が巴里の消費の一部を占めているといって過言ではない」
「手強そうですね」
正直な感想だ。
「イングランド出身の高級娼婦がオッフェンバックの喜歌劇に出演して、話題を振りまこうとしたくらいなのだから、『椿姫』のような女性がいると期待するな」
「あれはモデルがいたとしても小説でしょう?」
「ああ。若死にして、美しい印象を残したのは事実だそうだ」
大使の点の付けようは辛い。貴族の男女のしていることだって上品ではない。第一高級娼婦の顧客は、フランス皇帝をはじめとした貴族の男たち。貴族女性は娼婦を蔑視するが、聖女のように行い澄ました女性だけではない。
さて、ラ・パイーヴァの宴会は教育を受けてこなかった苦労続きの美女の憂さ晴らしか、上流階級の儀礼を偽善と批判して笑い飛ばすのか、とんでもない場所に連れていかれるのだと覚悟した。
参考
『ドゥミモンデーヌ』 山田勝 ハヤカワ文庫