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君影草  作者: 惠美子
第二十四章 内憂外患
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 市庁舎の作りは熟知しているようで、マダム・ド・デュフォールは普段職員が休憩に使用しているらしい一室に連れてってくれた。

 いささか情趣に欠ける場所だが、雰囲気の作り方、誘導してくれる仕草が巧みで、気にならなくなってくる。

 享楽の巴里、刹那の甘美な果実を後腐れなく味わうのに、俺はただの青二才に過ぎず、相手は愛の女神の化身のように翻弄してくる。

 求め合い、触れ合い、焦らし、焦らされ、人肌の温もりが汗ばむほどに熱くなり、大きなうねりが来た。

「素敵だわ」

 マダム・ド・デュフォールは心地よさそうに上ずった声で言った。

「ここまでにしておきましょう」

「貴女は満足?」

「勿論よ、素敵だって言ったでしょう? 物足りない?」

「いいえ、私も満足です」

 潤んだ瞳が俺を見上げた。ただ欲望をぶつけあう行為ではなく、互いを試すような戯れは彼の女の方が経験豊かなのは、今浸った官能から感じ取れた。こちらの余裕の無さを察せられただろう。ヒヨコをからかい、上手く手玉に取った麗しい孔雀。

 孔雀は一見優雅で歩む姿に見惚れるが、気性が荒く、時には蛇さえ食べる悪食の鳥だ。マダム・ド・デュフォールがそこまで意地悪で、俺をこれでフランス側に引き込めたと思い込むような単純な高慢ちきでないと願おう。

「いい男と見ると見境の無い女だと思わないでね。

 二心(ふたごころ)を持って生きているのが常態になっている人間だけど、たまには仕事抜きで殿方とひとときを過したくなるものだから」

 女に対して免疫のない男なら引っ掛かるかも知れない。

「切ないことを仰言る」

 間諜同士、どこまで本音かどうか。少しかなしそうなのは本気なのかも知れない。

「仕事に戻るわ」

 部屋にある小さな鑑を見て、身だしなみを改めた。俺も手伝い、乱れがないのを確かめ、マダム・ド・デュフォールは俺の身繕いを確認してくれた。

「一緒に出る所を見られたら困るから、間を置いてから出てね。

 ご機嫌よう」

 マダム・ド・デュフォールは微笑みを残して、部屋から出て行った。

 部屋に入る時は誰にも見られていないようだと見回しながらだったが、出ていく時は誰かとかち合う可能性もある。用心に越したことはない。

 フラートといっても、終わって虚しさや後ろめたさが静かに押し寄せてくるのは情事と変わらない。あんなに夢中になって、のぼせ上がっていたのに、嘘のように醒めきってしまう。

 女性と濃密な時間を(いつ)にしていながら、興奮が冷めてしまえば、元の通りに俺は孤独の中。何を求めて莫迦々々しくも我を忘れていたのか、思い出せなくなる。

 ナポレオン3世は女好き、荒淫が祟って老いぼれたと悪口を叩かれる御仁だが、おれのような気分とは無縁なのか、それともいつもそれを引きずるから次こそはと女を求めずにはいられない性質(たち)なのか、どちらなのだろう。

 内政では順調に巴里を始めとしてフランス全体の都市機能や鉄道の敷設などのインフラ整備、労働者の生活向上を目指した政策等々手段は強引でも結果は良しと数えられるが、その整備の財政を担ったペレール兄弟のクレティ・モビリエの苦境が露わになりつつあり、外政面では失策続き。

 決して浮かれている訳でないと判っているが、どうにも何を考えているのか読み取り難いあの顔立ち、得をするよりかえって愚物と侮られやすいような気がする。

 巴里の紋章にある帆のある小舟、「たゆたえども沈まず」とあるが、何事も順風満帆であるよりも、凪や逆風にさらされる方が多いと実感する。

 万事順調そうなプロイセンの宰相閣下は国王陛下や王太子殿下に信頼されていても、王后陛下や王太子妃殿下には嫌われているし、神経痛に悩まされてたまに休養するというし、健康で希望に溢れているのは、ルイーズのような世の汚れを知らない成長途上の子どもばかり。

 俺も沈まぬように、身過ぎ世過ぎに知恵を働かせねばなるまい。

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