七
マダム・ド・デュフォールの手を取り、挨拶の接吻をした。そのまま手を離さず、左手でポケットの小箱を出して、彼の女の手に握らせた。
「先日のお礼です。貴女のお気に召すならさいわいです」
気にしなくてもいいのにと、言いながらマダム・ド・デュフォールは小箱を開けて見た。視線は至って真剣だ。
「まあ、素敵ね。いただいておくわ」
本心から言ってくれているのを願う。それなりに選んだ石の精緻な細工だ。
「ここら辺に付けてくださる?」
マダム・ド・デュフォールは胸元に手を当てた。ご婦人の仰せだ。俺は従い、胸を張って佇む彼の女に琥珀のブローチを付けた。香水が快く香る。
一歩引いて、姿を改めた。
「似合うかしら?」
「ええ、私の見立ては合っていると自信があります」
もう少し本人を褒めないといけない。
「小さな花々の中にすっくと目立つ大輪の薔薇のようです、ポーリーヌ」
貴婦人は余裕を持った笑みで答えた。
「森の中の民、とはあながち謙遜では無さそうね、大尉さん。すらすらとお世辞が言えるようにならないと、色仕掛は効かないわよ」
「貴女に色仕掛をする必要はないでしょう? 私は単にお礼をしたかったのですから」
「そういうことにしておきましょう。プロイセンの駐在武官さん、軍服よりも礼服の方が見栄えがするようね」
「それなら貴女と会える機会にはそのような姿で見えられるようにします」
「ハンサムなヒヨコさんから言い寄られるなら、気分がいいわ。わたしも捨てたものじゃないって自信が出てくる」
面倒くさいと顔に出なかったことを祈る。マダム・ド・デュフォールが幾つか知らないが、充分魅力的だ。誘惑されて断る男がいるだろうか。
「貴女の微笑みには抗えません。たとえ立場が違っていても、巴里の美しいご婦人からの眼差し一つで天にも昇る心地になれます」
「ヒヨコさんが欲しいのは眼差しだけ?」
ブローチを付ける際に感じた肌の柔らかさの感触はまだ手に残っている。
「色欲と強欲は罪になります」
「お祈りと懺悔は欠かさないわ」
ここで信教の違いを説教する阿呆はいないだろう。
「貴方も眼差しをわたしに送り、手を取るだけでいいの? 今、ここで利害は関係ない。
そう思わない?」
俺はマダム・ド・デュフォールの手を取り、そっと両手で包み込んだ。
「貴女を賛美するのに嘘はありません。しかし、私には故郷に許婚がいます」
虚言の罪を重ねつつ、芝居気を出して、寂しげな視線を送った。彼の女は俺の手を胸元に持っていく。
「許婚に貴方が秘密にしていればいいの。それに一線を超えないフラートなら、それほど罪悪感はないでしょう。少しだけ二人きりになりましょう」
修道僧でない身、手を振りきって逃げ出しはしない。二人きりになる場所は彼の女に任せるとして、女性の機嫌取りで一汗かくことになる。今日も、これからもフラートで済ませられるよう、自制が大切だな。
なにしろナポレオン3世が女に弱いのを突かれて、外国の貴族女性が自国の王から密命を受けて、既にウージェニー皇妃がいたにもかかわらず、誘惑し、宮廷が荒れた。
色仕掛の技術、女性の媚態を楽しみつつ、勉強させてもらおう。