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君影草  作者: 惠美子
第二十四章 内憂外患
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 街中で流れる会話は博覧会や来仏中の貴賓の様子と、やはりメキシコ皇帝夫妻の悲運に関する同情だ。メキシコに帝国を築く計画に乗ったマクシミリアン大公も大公だが、メキシコから撤兵せよ、フランスは軍備の拡大の必要はないと議会からの強い意見があっての結果だろうに、全てナポレオン3世に始末が向けられる。

 大概の市民は顔も知らないマクシミリアン皇帝やシャルロット皇妃は初心(うぶ)な王子様やお姫様ではないのだが、悲惨な最後、気の毒な境遇となれば、惻隠の情を呼び、その原因の一端が自国の皇帝夫妻にあるとなれば、文句の言葉が浮かんでもこよう。

 世論は、理屈よりも感情や本能で動く。

 リオンクール侯爵に会った次の日から、雨や曇りの天気だったが、土曜日は晴れた。巴里市庁舎での舞踏会は夕方五時からだが、夏至が過ぎたばかりの夏の日はまだまだ日が長い。太陽が傾きつつあっても、まだ道は明るい。風が宵を先ぶれのように涼しく肌を撫でる。

 マダム・ド・デュフォールへの贈り物に、琥珀のブローチを用意した。色合いの違う琥珀をとりどり合わせて花の形にしている品だ。黄色の透明感のあるもの、赤味の強いもの、白っぽく濁りのあるものを連ね、小さな花束になっている。一見地味かも知れないが、光の加減で深みのある輝きを見せてくれる。彼の女の好みに合うかどうかは判らないが、気を遣わせるほど高価ではなく、かといって受け取るのに戸惑うような貧弱な代物ではない。貴婦人なら数多く手元にあって損のない飾り。琥珀の原石や細工物を幾つか持ってきていて、助かった。懐を痛めずにご婦人の関心を買うのに役立てられる。

 琥珀に愛着はあるが、これは思い入れのある石ではない。思い入れのある宝飾品を渡す相手は決めてある。

 巴里市庁舎の前のグレーヴ広場は馬車や人で、既に混みあっていた。途中で辻馬車を降りてきて正解だった。

 正面の玄関を抜け、舞踏会の会場へと進んだ。今日は全くゴルツ大使とは別行動で、下級貴族らしい姿で一人、素知らぬ顔で紛れ込む。

 オスマン帝国のスルタンをもてなす為の舞踏会というだけあって、招待客はトルコ人の男性が目立つ。スルタンの息子たちも一緒に来仏しているし、お付きの者たちもいる。ムスリム社会では女性は公の場に出ないしきたりのはずだから、巴里のこうした宴に女性たちが肩をむき出しにしたドレス姿を晒しているのを、破廉恥と見ているのか、眼福と思っているのか、聞いてみたいと意地の悪い気分になるが、失礼になるだろう。

 スルタンたちはヨーロッパ式の軍備に興味があるそうだが、この場では宴を楽しむと決めこんでいるように見える。機嫌良さそうに、会場に陣取り、華やかな女性たちを眺めている。不粋な会話は別の場所でするのだろう。

 俺は俺でマダム・ド・デュフォールを探した。今晩、彼の女はどのように装っているだろう。地味にまとめるか、舞踏会に彩りを添える妖艶な姿か。

 集まった人波の中を、会釈や挨拶を交わしながら、自分が見知った人物がどれくらい出席しているか、また、聞こえてくる会話の中から誰が来ているのかを聞き分けながら、目当ての女性がいないかと、ゆっくりと進んだ。

 ナポレオン3世が会場にいて、スルタンとその息子たちと何やら話し込んでいた。やがてナポレオン3世は、メキシコ皇帝の死を悼み、楽曲と舞踏を慎むと発表させた。だが、ここは折角のもてなしの場であり、皆その為に参加くださっているので、遠慮せず楽しんで欲しいと付け加えた。

 皇帝陛下がそう言い出したら、いくらなんでも踊り出す頓珍漢はいない。準備してきた宴を中止できない事情を汲んでの開催だったが、名目は舞踏会なのだから、いささか白けた。それでもスルタンたちを退屈させないようにと、御前に女性たちを招いて話をさせている。

 社交が気ままな遊びとは違う仕事となると、途端に雰囲気が重苦しくなってくる。

 スルタンたちとは別の場所に目を向け、吹き抜けの場所からお目当てを探そうと階段を上った。

 階段を上った先に、マダム・ド・デュフォールを見付けた。

「ご機嫌よう、マダム、いえ、ポーリーヌ。貴女はいつでも私の目指す上にいらっしゃるようだ」

「ご機嫌よう、ムシュウ。単なる偶然だわ。今晩は何をお探し?」

 マダム・ド・デュフォールは夜会に相応しい、肩を出したドレス。花々を散らしたような刺繍の入った濃淡のある柔らかな緑の布地。

「妖精たちの女王のような貴女を探していました」

「ヒヨコさんがお上手ね」

 満更でもないようで、マダム・ド・デュフォールは莞爾として、俺に手を差し出した。

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