五
リオンクール侯爵は肩をすくめた。
「政治体制なんて、衣食住の心配が無くて、平和に暮らせれば、どんなものでも構わない。
帯剣貴族の家柄だがね、ご先祖が戦争で負債を抱えたまま若いうちに戦死して、祖父の代は貧乏。宮廷に伺候し、体面を保つ暮らしはとてもできなかった。領地で領民と畑仕事、狩りという名の害獣退治をして暮らしていた。お陰で贅沢せず、民衆の苦労を知っているご領主と、革命の時は、吊るされもせず、断頭台にも送られなかった、かえって亡命の世話をしてくれる人たちに恵まれたくらいだ。
目まぐるしく体制が変わろうが、生きている人間にとって大切な物は変わらない」
「そうです。国が滅びても、山河はあり、人はどんなに絶望しようが、腹が減り、泣いていても食べ、一緒に生きようとする仲間がいます」
「フランスでは今は帝政、しかし、共和派がいて、王党派がいる。王党派にも王党正統派がいて、オルレアン派がいるように、共和派にも過激な連中や穏健で、帝政寄りもいる。これで声を一つにできるのは人の技ではない。
なるべくいい所だけすくい上げて、悪い点は潰して、騒ぎを未然に防ぐのが役目だ」
「全く。俺はB宰相が好きではないですよ。だが、あえて乱を起こす気はありません。多分、貴方と同じように考えているからでしょう」
「それは光栄だ」
嬉しくなさそうだが、リオンクール侯爵は答えて、笑った。
「ところで、ムシュウ。一昨日、マダム……、ポーリーヌにお世話になったので、お礼をしたいのですが、連絡先を知らないのです。ポーリーヌと会えないでしょうか?」
「マダム・ド・デュフォール?」
リオンクール侯爵は苦笑した。
「彼の女から聞いてはいるが、パレ・ド・ランデュストリの中を探られたくなかったからなのだから、礼は必要ない」
「女性に贈り物をしたいのです。バルト海の名産品で作った細工物を差し上げたいのですが、お好みでしょうか?」
ふとリオンクール侯爵は瞳をめぐらせた。
「宝飾品を嫌う女性はいないと思う。琥珀なら、ダイヤモンドや真珠と違って受け取るのは気楽だろう」
「それなら安心です」
「土曜日に巴里市庁舎でオスマン帝国のスルタンの為の舞踏会の予定がある。マダムはそこに出席する。市庁舎で上手くマダムを見付けて話してみたらいい」
「有難うございます」
六日の土曜日の舞踏会なら、俺も紛れ込める。
会話の中でイルヴォワの名前が出てきて、テュイルリー宮での噂話を思い出した。
「先日大使の警護でテュイルリーにお供した時、あちらの警護からイルヴォワ氏のお話を聞きました」
「どのような?」
「奥様以外にお付き合いの女性がいて、お子さんもいらっしゃると」
「周知の事実だ」
ああ、やはり。利用価値はない情報だな。
「父親が軍人で早くに亡くなったので、世話を焼いてやっているうちに、と市井のどこにでも転がっている類いの話だ」
父親は戦死ではなく、病死で、未亡人と若い娘が二人、心細い暮らしをしているのを宮廷警察の長官が知って、上の娘がイルヴォワ長官の愛人になって、援助してもらっていた。イルヴォワ氏には妻がいるが、母親は生活の為に目を瞑ったと、よくある事かも知れないが、聞いていて気分は良くない。
神の前で夫婦の誓約をしておきながら、矛盾する行為を働いて、ムスリム教徒の男性が多く妻を娶るのを野蛮と批判できないだろう。あちらの男性陣が、貧しい女性をその家族ごと面倒を見ているのだ、娼婦に身を落とす女性を失くす為に必要なのだと、主張するのは、あちらなりに言い分がある。実際に複数の妻を平等に愛せるか、経済的にしっかりと保護できているかは知らないが。
「今日はなかなか勉強になりました。ご機嫌よろしう」
俺は席を立った。給仕に言い付け、リオンクール侯爵の分も払い、カフェ・プロコプを出た。今日は天気がいいので、出歩く人間が多い。リュクサンブール公園や学生街を回って戻ることにしよう。きっとまた別の収穫がありそうだ。




