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君影草  作者: 惠美子
第三章 湖畔での休暇
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 もつれるように抱き合い、互いを貪った。彼の女の肌の柔らかさと温かさ、溶け込むような息の甘さ。

 女に慰めを求めるとは弱卒と変わらぬではないかと嗤う自分と、激しくなる鼓動に命の在処を感じて彼の女とその悦びをともにしたい自分とがいる。

 そらした喉に唇を寄せ、滑らかな肌に指を遊ばせる。彼の女も同じように俺の肌をくすぐったり、肩に軽くかみついたりしていたが、次第に息を乱して紅潮し、伸ばした腕を絡ませ、しがみついた。

 波間を漂うように緊張と弛緩が繰り返され、身体中の感覚に小さな死と再生が確かにあった。


 酔いから醒めぬような余韻に浸り、横になりながら、アグラーヤの肩先に円を描く。くすぐったそうにしながら、俺の胸に顔を寄せた。

「困った。このままでいたくなる」

「それは困りましたね。このままでいたら、あなたに本気で恋してしまいそう」

 感情の揺らぎが肌から伝わったのか、アグラーヤは笑って、俺を見た。

「心配なさらないでください」

「確かに結婚する気はないと言いました。明日を約束する責任も持てません」

 寝物語としては最低なことを言っている。

「知っています。わたしもあなたと一緒になりたいとは考えていません。あなたは義兄のような退屈で平穏な生活に憧れていないのでしょう。少なくともわたしは平和に暮らしたいと望んでいます」

 だからこれきり、と結んだ。

 アグラーヤの顎や唇を指でなぞり、接吻した。

「将来望む道の頂上に辿り着けるかは判りませんが、努力します。」

「ええ、国に殉じるのは趣味ではない。俺は生き残って、最後には勝ったと言いたい」

 ゆっくりと床から身を起こし、アグラーヤは服を身につけはじめた。コルセットの紐やら手伝いながら、髪型以外はなんとかできた。俺の櫛で髪をくしけずりながら、後は侍女が迎えに来た時に、仕上げさせると言った。

 俺も身支度をして、先程のように、ローテーブルに差し向かいで座り、二人で他愛のない思い出話をして時間を過した。

 やがて、侍女がアグラーヤを迎えに来た。

 アグラーヤは優雅に腰をかがめ、俺は胸に手を当てお辞儀をした。

「さらば、フロイライン・ハーゼルブルグ」

「さようなら、アレティンさま」

 扉は閉じられた。

 自らが生きている実感を肌と肌で確かめ合い、明日を生きる活力とする糧となったひととき。俺もアグラーヤも同様であったと信じよう。

 ハーゼルブルグ子爵の一家はミュンヘンから戻り、一泊した後カレンブルクへ帰っていった。別れの挨拶はしなかったが、宿の者から教えてもらった。俺はミュンヘンへ足を伸ばして美術館や劇場を回り、別世界の華麗な雰囲気を堪能し、軍に戻った。

 革と火薬の匂いの男ばかりの住まい。ここが俺の場所だ。

 翌年九月、ヨーロッパに衝撃が走った。巴里駐在公使であったビスマルクがプロイセンの首相となり、予算委員会での演説を行った。

「プロイセンでは個々人の自主性が強いために、立憲政治を行うのが難しくなっている」

「憲法を支えるには『教育を受け』過ぎている。われわれは批判的過ぎるのだ」

「現下の大問題は演説や多数決に拠ってではなく、鉄と血でのみ解決される」

「予算が成立しないのなら、全ては白紙。憲法は出口を示していない。解釈と解釈がぶつかり合うからだ。法のきわみは不法のきわみ、文字は人を殺してしまう」

 世に言われるビスマルクの『鉄血演説』は周辺諸邦に不安を与えた。


ビスマルクの「鉄血演説」は、岩波書店の『世界史史料6』やほかの世界史の本を参考として、大部分を省略の上、言葉使いを直してご紹介しました。

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