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君影草  作者: 惠美子
第二十三章 祝典と凶報
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 大使館に戻って、伯林から電報が入っていないか、確認したが、来ていない。メキシコからアメリカ合衆国のワシントンを経由しての電信のはずだから、その地に駐在しているヨーロッパ諸国の人間はいち早く本国に連絡を取っている。メキシコ皇帝にはナポレオン3世が深く関わっているし、またマクシミリアンはオーストリア皇帝の弟、フランスとオーストリアはいち早く報せを送ろうとするだろう。伯林に直接か、或いは維納を経由して参謀本部やプロイセン政府にも報せは届いているかも知れない。参謀本部にもアメリカ部はあるのだから、より詳しい情報を伝えているかも知れない。

 それでも巴里、ナポレオン3世にはメキシコ皇帝処刑の報を知っていると、それも本日の電報、直前の報だったので、褒章授与式は中止せず、何事もなかったように祝典を開いたと、伯林に知らせる必要がある。

 ゴルツ大使は王太子殿下にすぐに知らせようとするだろう。また、俺のように情報を掴んで、上つ方に報告、そのまた上の王侯たちの耳に入るのも時間の問題。

 メキシコの情勢は元々混沌としていた。スペインが入植し、植民地支配をしていたが、ナポレオン1世が実兄のジョゼフをスペイン王にしたことをきっかけに、メキシコで独立の気運が高まった。十六世紀にヨーロッパから持ち込まれた麻疹や天然痘の感染が拡がり、先住民は抵抗するどころではなかった。スペイン人の先住民の伝統の破壊、銀や産物の搾取など、不満は長年埃のように降り積もり、宗主が変わっても依然変わらぬ扱いに、火花が散ったように爆発した。

 北側のアメリカ合衆国同様、戦争を経て、独立したものの、政治体制が安定しなかった。その間にもアメリカ合衆国やフランスなどヨーロッパからの干渉を受け続けた。貴族出身の軍人が皇帝を名乗ったり、共和主義者が民主制を敷こうと大統領の地位に就いたりと、目まぐるしく変化してきていた。財政は債券頼りでヨーロッパ諸国が債権者。債権国の一つがフランスだ。ナポレオン3世は債権の回収とアメリカ大陸の利権を手にしたい、ウージェニー皇妃はアメリカ大陸にカトリックを信奉する国を建て直し、影響力を持ちたいと、両者が願った。皇帝夫妻の考える政体は共和制ではない。自身がメキシコの王や皇帝になろうとはせず、別の貴種を据えようと、オーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフの弟マクシミリアン大公に目を付けた。マクシミリアン大公は、二男に生まれたばかりに、と不満はあったらしいが、兄を押しのけて皇帝になりたいと思っていなかったようだ。しかし、妻の方が野心家だった。何せ、バイエルン王家の分家の公爵家出身とはいえ臣下の娘のエリザベートが皇妃で、ベルギー王女の自分が大公妃なのだ。そして新天地で皇帝夫妻として君臨できるのは素晴らしいと、夫より積極的に乗ってきた。

 マクシミリアン大公は一旦承知したものの、相当逡巡した末、メキシコに渡り、皇帝の地位に就いた。着いてみたらば、新天地は長年の政治的混乱で荒廃していた。だからといって逃げ出せない。大西洋はドーバー海峡とは違う。

 南北に分かれての国内の戦争が終わったアメリカ合衆国は共和派の政治家に援助を始め、フランスはこれ以上異国にフランス軍を駐留するのは無駄と軍縮派の主張が通り、ナポレオン3世は軍を引いた。

 保守派や共和派が争い、治安の悪化したメキシコで、皇帝マクシミリアンは共和派に敗れ、虜囚の身になっていた。それが五月の出来事だと、情報が入っていた。メキシコでの事態がここまで悪化していたとは、俺は予想だにしていなかった。

 アメリカ大陸にはハプスブルク家の権威は及ばなかった。

 いや、イングランドでも、フランスでも国王が処刑されている。民衆や、その民衆の代表とやらの共和派の政治家にとっては貴種も一人の政治犯と変わらないと、判断するのだろう。

 皇帝がその責務を全うしようと努力し、悲劇に終わったとしても、それをけしかけた野心ある皇妃は?

 メキシコ皇妃は心が壊れて二度と人前に出られないだろうが、もう一人の皇妃は? 

 美貌と肉体美を誇り、王族でない身で皇妃になり、ヨーロッパ諸国の王室とボナパルト一族に少なからぬ敵を作った。夫の不実と加齢で、美貌よりも垂れ目が印象的になったのは気の毒だが、カトリックの信仰を拡げようと熱心に海外へフランス軍を送ろうと主張していたスペイン女。

 矢面に立つのがナポレオン3世でも、ウージェニー皇妃もまた注目され続ける。

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