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君影草  作者: 惠美子
第二十三章 祝典と凶報
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 授与式の会場を静かに出た。パレ・ド・ランデュストリは過去に博覧会の会場になっただけあって、広く、広間が何ヵ所もある。祝典の会場は、真ん中に皇帝夫妻、周辺諸国の王侯、皇帝の親族が並び、劇場の座席のようにメダイユの授与を見渡せるようにしてあった。会場の扉から抜け出すと、厳粛さはない。所々カーテンを引いて、間仕切りの代わりにして設えている。表彰に使う盆を持って忙しく立ち働いている者、主人が祝典に出席しているのでその間暇を潰しているだけの従者、また興味のある式次第だけ見ればいいと決めこんでいる気軽な出席者もいる。

 フランス皇帝側、或いは廷臣たちの従者はどの辺りに詰めているか、少なくともこの会場の側の慌ただしく動き回る場所ではないだろう。控え室に使用するような場所はどこか。この広間の端か、それとも上の階だろうか。プロイセンの礼軍服姿だが、気にしていられない。宮殿内を物珍しく歩き回っている風にしていればいい。ただでさえ似たようにふらふらしている者たちが階下にいるのだ。見咎められても如何ようにも言い訳できる。

 二階の廊下で、見覚えのある婦人が俺に気付いて近付いてきた。

「ご機嫌よう、プロイセンの大尉さん」

 早速、身許がばれた。付いていないと諦めよう。

「ご機嫌よろしう、マダム・ド・デュフォール。今日はリオンクール侯爵とはご一緒ではないのですか?」

「エドモンは奥方と会場にいます。

 今日はわたしはわたしの役目で来ているの。お客様の案内係」

 マダム・ド・デュフォールは嫣然として、俺を見詰めた。

「例えば貴方のような迷子を摘み出す」

「折角宮殿(パレ)と呼ばれる場所に来たのですから、あちこち見てみたくなるのが人情でしょう? 小官は巴里に来る前はずうっと軍団に配置されていて、華やかな場所には誘われてしまうのです、マダム・ド・デュフォール」

 マダム・ド・デュフォールの手を取り、大仰に挨拶の仕草をしてみせた。

「ポーリーヌで構わないと言ったはずよ」

 マダムは俺の顔に触れた。

「ここから先は宮廷の関係者以外の立ち入りは厳禁。うっかり入りこんだら、捕まえられる。わたしは犠牲者が出ないよう、快くお帰りいただく為にいるの」

 優雅な眼差し一つで言うがままになりそうだ。

「貴女のお姿もお声も快い。フランスのご婦人は我ら森の民には憧れです」

「憧れるのはよろしいけれど、今は止めた方がいい」

「本日テュイルリー宮で何か起こったのですね?」

 マダム・ド・デュフォールから色っぽさがすっと消えた。

「貴方のようなヒヨコさんが勘付いているのなら、諸国の大使たちや間諜もきっと気付いたでしょうね。いいわ、隠しておける事柄ではないから教えて差し上げる」

 意外な言葉に訊き返した。

「いいのですか?」

「隠しおおせられる事柄ではないのよ。どうせすぐに正式発表される。仕事の邪魔にならないよう、ヒヨコさんが真直ぐ席に帰ってもらう為に、わたしが知っている範囲で言います」

「有難うございます」

「礼は必要ないわ」

 マダム・ド・デュフォールは俺に顔を寄せた。誰かに見られた際に誤魔化すつもりもあるのだろうが、俺の肩に手を置き、体重を掛けてくる。しなやかな体を支えているのは俺からの奉仕ではなかろうか。

 マダムは端的に告げた。その内容に俺は苦い物を飲み込んだ気分になった。

「確かにその報はいずれ発表になるでしょう。早く知ったからといって、他所を出し抜くも何もない」

「そう、だからお戻りなさい」

「お名残り惜しいですが、またいずれお会いしましょう。その時は貴女と楽しい話をしたいものです」

「勿論、ヒヨコさん。ご機嫌よろしう」

 マダム・ド・デュフォールは俺の両頬に口付けをした。ヒヨコ扱いを抗議する気にならなかった。礼儀に適った挨拶を返して、会場に、大使の許に戻った。俺に気付いた少佐や大佐がゴルツ大使の側へと通してくれた。

 俺は大使に近付いた。

「報告します」

 相変わらず、大使は前を向いているが、わずかに首を傾け、俺を促した。俺は大使の耳に囁いた。

「メキシコ皇帝が処刑されました。そのような電報が宮廷を出る前にフランス皇帝に届いたそうです。詳細は聞けませんでしたが、それだけは事実です」

「判った」

「小官はこれから頭痛で大使館に下がります」

「よろしい。お疲れだったな」

 ゴルツ大使に微かな動揺があった。

 今は和やかな儀式の中にあっても、フランス皇帝の胸中は乱れているのだろう。そして、これから嵐になるのかも知れない。

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