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君影草  作者: 惠美子
第二十三章 祝典と凶報
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 自分が行い澄ました聖人ではないと自覚しているが、他人事とはいえ、好き放題やらかしているのを見聞していると、好奇心を刺激されて欲望に火が付くよりも、うんざりしてくる。

 科学が発達して、薬で痛みを抑えた外科手術ができるようになろうが、効率よく工業製品を量産できて、素早く流通できるようになろうが、結局人間は本能むきだしで暮らしている。前時代の方が信仰を大切にして清貧な生活を送っていたんじゃなかろうか。ゴルツ大使の言うように、こと品性に関して人は進歩がない。

 だから今でも間諜も娼婦も健在の職業ときている。

 密談を終えて、大使とヴァレフスキ伯爵が部屋から出てきた。警備係は伯爵へ、俺は大使へと付き、別れて廊下を進んだ。

「待っている間退屈はしなかったかね?」

「役名を変えて、同じ筋立ての芝居の話を聞かされました」

 ゴルツ大使は気の毒そうな顔をした。

「それはご苦労だった。

 こちらはロスチャイルド(ロートシルト)が、舌なめずりをして猫のように爪をといでいる話になった」

 金融の話は門外漢だ。しかし、いつだかコミック゠オペラ座の幕間で、ゴルツ大使はそんな話をしていたか。相手は、レヴァンドフスキ伯爵とソシエテ・ジェネラル銀行の役員のデュ・シャトレーとか言った。

「金融機関が倒産したら預金や担保を保証しろとデモやバリケードの騒ぎになりはしないでしょうねえ?」

 大使は否定した。

「この時期にそれはない。一つの金融機関が傾いたら、顧客はよその新参の金融が引き受ける。

 追い詰められて、責任を取る人間が数人要る程度で済むよう工夫するだろう」

「つまり小金を貯めた庶民の預金や借金の担保はロスチャイルドは引き受けない。息の掛かった新手の金融機関に任せると」

 ゴルツ大使が俺を横目で睨んだ。

「判っているなら、わざわざ口に出す必要はない」

 クレディ・モビリエが倒産を免れても取締役の交代、事業の縮小となり、ソシエテ・ジェネラル銀行に預金や債券を移行させていくのか。法的な手続きや手順、発表の頃合いまではまだまだ極秘。これはまたナポレオン3世の痛手になるのかも知れない。

「いえ、小官は行軍のように順調にいくか気掛かりになるだけです」

「行軍だとて問題なしで済まない場合もあるだろう? おまけに小口の預金者たちが閲兵式の兵卒のようにお行儀よく整列して行進すると思うかね?」

「いいえ」

「その時期には私の警備をしていればよろしい」

「はい」

 有難い仰せだ。そのようにさせてもらおう。俺が勘付くくらいだから、はっきりと言わずともアンドレーアスには匂わせる程度で先んじて動いて、損失を出さないようにするだろう。

「じき褒章授与式だから、貴官もそちらに集中していて欲しい」

「勿論です」

 各国の貴顕が一ヶ所に集まるのだから、警備係だけでなく、諜報係だってそこに集中する。立っているだけで幾らでも収穫はありそうだ。

 東洋では季節風の関係で、六月から七月の初めは雨が多いと聞くが、ヨーロッパは夏の訪れに相応しい好天が続く。きっと褒章授与式当日も良い天気に恵まれるだろう。

 この頃、フランスはヴェトナムや清に進出しています。(進出は婉曲表現。ヴェトナムは軍部の侵攻で結果的にフランスの植民地になっています。また英仏は清に対しての数々の難題を突きつけ、円明園の略奪、破壊をしています)

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