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君影草  作者: 惠美子
第二十三章 祝典と凶報
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 万国博覧会にはエジプトやトルコ、チュニジア、モロッコの展示があり、その国の人々が来て案内や食事の提供をしている。ムスリムの国々の貴顕が来仏しても、飲食物での禁忌はどうかや礼拝の時間帯などの配慮はきちんと対応できるようになっている。

 プロイセンや、ザクセン、イタリアの王族のほかにトルコのスルタンとその家族がやって来ると、巴里は好奇心で溢れている。

 ゴルツ大使は落ち着いたものだ。

「クリミア戦争でロシア帝国の南下を防ぐ為に、イングランド、フランスとオスマン帝国は一緒に戦っている。フランスの同盟国なのだから、来仏を断る理由はない。宗教や人種が違うと言いはじめたら、万国博覧会の意味がない。だいたいお茶の葉や絹をどこで生産しているか考えたら、子どもでも理屈は理解できる」

 インドや清、日本。除外しようとは思わない。

「仰せの通りです」

 クリミア戦争では、トルコ人たちよりも、イングランドやフランスの方がロシアの南下に危機感を持って戦った。おまけに水が合わなくて、体調を崩したどころか、コレラが発生して、戦死よりも傷病死の方が深刻だった。

「総参謀長閣下が三十代後半の頃、オスマン帝国で軍事顧問になった際に、オスマン帝国はエジプトと戦争になった。ところが軍の司令官はモルトケ大尉の進言に一切耳を貸さず、聖職者の占いばかり参考にしていた。モルトケ大尉は最後まで戦ったが、オスマン帝国は敗北、モルトケ大尉を軍事顧問に命じてくれたスルタン、マフムト2世も亡くなっていたこともあって、伯林に帰ってきた。

 その後のクリミア戦争でも旧態依然は変わっていなかったが、マフムト2世の後を継いだ息子たちは軍の近代化の必要性には気付いている」

「クルップ社の大砲や元込め式の銃ですか?」

左様(さよう)。我がプロイセンはそれを是非とも見せておきたい。イングランドは軍艦を売り付けたいらしい。

 売るのは物だけだ。総参謀長閣下の智謀は輸出の必要が無い。作戦は星占いで決めていてもらって構わない」

 勿論だ。総参謀長閣下とその手足となって動く部下たちと、その作戦を遂行する司令官たちがいなければ、あれほど鮮やかに部隊を展開できない。これはローン陸軍大臣閣下と宰相閣下、それに国王陛下の信頼がある。

 元々デンマークの軍人だったモルトケ閣下が今、プロイセンに、いや北ドイツ連邦に無くてはならない人材になっている。その智謀を活かせなかったのはトルコだ。最新兵器とともに、地勢を読み、兵站を大切にしてこそ犠牲を少なく、時間も掛からず、和平に持ち込める。その実力は一朝一夕に創り上げられないと知るべきだろう。

「テュイルリー宮にまできて不粋な話をしたくないが、会談相手に待たせられては仕方がない」

「小官が粋な話ができればいいのですが」

 大使は面白い冗談を聞かせられたとばかり笑った。

「貴官にそれは求めんよ。褒章授与式が終わって、だいたいの沙汰が終わったら、オペラ座で『ドン・カルロ』を特別上演しているのをゆっくり鑑賞したまえ。護衛や諜報で行っても楽しめなかったのだろう?」

 俺は眼前に人参をぶら下げられた馬車馬か。苦笑するしかない。

「有難うございます」

「麗しの都といっても、バビロニアのようだと形容する輩がいる。仰々しい顔をしながら、その実、人間の質は王侯も農夫や漁師と変わらん。

 待ち人が来たら密談になる。貴官は席を外して、貴官なりの仕事をしてきてくれ」

 さて、同じような武官に愚痴をこぼすようにして話を聞き出すか、宮廷女官に愛想を売って伝手を作っておくか、それはここでどんな人間と行きあうか、運と俺の判断になる。

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