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君影草  作者: 惠美子
第二十三章 祝典と凶報
212/486

 ベルナデットとアグラーヤと会った翌日、火曜日からは晴が続いた。夏を目前としたからりとした明るさが快かった。

 しかし、仕事と私事の両方で一つ所に留まっていられず、六月の下旬は日光浴をしている暇がなかった。フリードリヒ王太子殿下の再来仏での近衛兵や側近たちとの打ち合わせで忙しいシュタインベルガー大佐を苛立たせないようにするのがまず一つ。プロイセンの王太子殿下だけでなく、各国からの来賓があるのでフランスとの警備の連携もある。ゴルツ大使はゴルツ大使で何かと動き回っているので、そちらにもお付きの武官を連れていかれる。肝心な時に声を掛けておきたい将校がいないと唸り声を聞かされるのは専らハウスマン少佐だ。お偉方付き、事務方の宿命である。

 こちらは既に巴里に滞在している、そして七月一日の褒章授与式に合わせて来仏予定の王侯貴族やブルジョワたちの宿泊場所を調べ上げ、大使や参謀本部に報告している。滞在のホテルや巴里の有力者の邸宅に入り込めれば入り込み、伝手や時間がない時は、払う物を払って使用人や出入りの者から、会話や雰囲気を聞き出していく。フランスに近いドイツ諸邦から巴里へ働きに出てきているゲルマン系の人間が少なくないので、顔を繋いでおいて、都合のある時に小遣い銭を与えながら愚痴を聞いてやれば、いい話があると持ってきてくれる。勿論、玉石混交、食卓でお茶をこぼして、日頃気取っているのに滑稽だ程度のことを、自分は国家機密を知っていると言わんばかり語ってくれる奴もいる。

 概して、諸国の貴顕は、ナポレオン3世を気まずくさせる出来事ばかり起こっているが、それは話題に出さないようにと考えているらしい。

 六月上旬のロシア皇帝の暗殺未遂事件は皇帝一家が無事で済み、ロシア皇帝自身が平然としていたから、助かった。しかし、これはフランス側には大きな痛手だったはず。

 後は、軍備拡張を命令したのに議会から反対されて撤回せざるを得なかったとか、アメリカ大陸への介入を止めて撤兵したら、メキシコ皇帝マクシミリアンの妻でベルギー王女のシャルロットがやって来て、「夫を見捨てるとは約束が違う」とフランスばかりでなく、ヨーロッパ中を回って抗議したが、空しく狂乱の体になったとか、普墺戦争でプロイセンの邪魔をしなかった見返りを何も得られなかったとか、ルクセンブルグ大公国の帰属問題での倫敦会議で、フランスはルクセンブルグを得られず、永世中立国化するのを認めざるを得ない結果となったとか、この頃のナポレオン3世の失点を一つ一つ数えるのは、面白いが、フランス人、特に本人や垂れ目の皇妃ウージェニーの前では言えない。

 とにかくそういった話題は折角の万国博覧会で、わざわざ持ち出す必要はない。差し迫った事情があるのなら別だが、光の都巴里で楽しみ、野暮は実務担当者に任せようといった様子だ。

 プロイセンの宰相閣下にしてやられたとは、いくらこちらがプロイセン側の人間でもそこまで言って意地悪するのは気が引ける。

 プロイセンは北ドイツ連邦を成立させ、ついで議会で承認された北ドイツ憲法を諸邦に認めさせ、発効させる段階まで来ている。下手を打って刺激するのは良くないと誰しもが判っている。

 ヨーロッパ、アメリカと言わず、オリエント、アフリカの産物が所狭しと並べられ、見物客は引きも切らず。不安をほのめかさず、お祭りの催しに紛れさせておく。貴顕が集まっているのだから、穏やかに済ませたいのは、裏方誰しも共感するだろう。

 私事では、アンドレーアスを『ティユル』に連れていった。アグラーヤを紹介して、こいつを除け者しておけない。

「これからのモードは倫敦ではなく、巴里です」

 と調子の良いことを言って、気に入られたようだ。

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