二十一
近況を交えながら当たり障りない会話をしているうちに、無邪気なルイーズが好奇心を抑えられないといった目付きでアグラーヤに尋ねた。
「マドモワゼル・ハーゼルブルグはムシュウ・アレティンと十六、七でお知り合いになったそうですけれど、それからお互いに本当にお友だちでいらしたの?」
俺は顔色を変えないように精一杯努めた。
アグラーヤはある程度予想された質問だったのか、少しも慌てず、穏やかだった。
「十七でアレティンさまとお会いしたのは親戚との間で持ち出されていた縁談が立ち消えになっていた時でしたから、見目良い方と思いましたが、それよりもフェリシア様に自分の悩みを訴える方が先で、気に掛けませんでした。
その後、何回かお会いして、なんていうのかしらね。恋愛とか結婚までに発展するのには機会や勢いがないといけないらしくて、どうしてかそんな気持ちになれないまま来てしまって、今でもいいお友だちです。
それにアレティンさまは軍人だから結婚はしないと仰言っていますから、その主義を変えられない限り、わたしにそんな機会は無さそう」
一斉に視線が俺に集まった。
「ムシュウは独身主義?」
「退役するまではそのつもりだ」
「危険なお仕事だからって、決め付けなくてもいいのにね」
ルイーズが母親や叔母に同意を求める。マリー゠アンヌは笑って答えず、ベルナデットは、失礼よと姪をたしなめた。
それ以外は返事に窮するような話題は出ず、平和に、午後を過せた。
座りっぱなしで話し疲れた、お茶を入れ替えようと、それぞれ席を立っていたら、ベルナデットが俺に言ってきた。
「マドモワゼル・ハーゼルブルグは素敵な方ね。わたしも本当はルイーズみたいに訊きたくなっていたの」
彼の女は心穏やかではいられまい。
「カレンブルク王国が健在の頃、あちらは子爵令嬢で、こちらはいくら伯母が伯爵でも騎士爵の若造だ。そもそもそんな目で見られちゃいない。
今となっては向こうが言う通り、今更どうしようとも考えるより、変わらぬ付き合いをしていた方が気が楽なんだ」
そしてベルナデットにだけ聞こえるように声をひそめた。
「巴里での新しい出会いは?」
ベルナデットはくすぐったそうに微笑んだ。
「大切にしたいわ」
彼の女がそう思ってくれているのなら、俺は満足だ。アグラーヤの言う通り、出会いには機会や勢いがなければ、その先への弾みが出ない。
日が傾き、アグラーヤはいずれまたお会いしましょうと、暇乞いをした。ラ・ヴァリエール家の女性たちも異口同音に言い、店を出た。
帰りの馬車の中で、アグラーヤが言った。
「ベルナデット嬢は素敵な方ね。それに幸運だわ」
「幸運?」
「あの方と素敵な女友だちで終わろうとしていないでしょう?」
鋭い指摘に返す言葉がない。
「わたしたちは本当にただのお友だちなのですから、誤魔化さないでください。
結婚が決まったら、知らせてくださるだけでいいですわ」
「そんな先のことは判らない」
「決まったらですよ」
アグラーヤは朗らかだ。彼の女の胸中を忖度するより、言葉をそのまま受け取ろう。鈍感でいるのも必要だ。
巴里の空の下、数えきれない人間がいて、いつ何が起こってもおかしくない。悲劇や事故の当事者にならぬようだけ用心しよう。




