十九
マリー゠フランソワーズやベルナデットが語ってくれたように、俺は父と母の結び付きから順を追ってベルナデットに語った。物心ついた頃から今までの様々な出来事、フェリシア伯母との語らいと別れ、士官学校、南部軍団での日々、去年の戦争で、主戦場のケーニヒグレーツの地ではなくランゲンザルツァでハノーファー軍とともに戦い負傷したこと、その時に馬に引きずられていたレヴァンドフスカの兄の骸。
アグラーヤとの一度だけの秘密を隠さず、拙い言葉で伝えた。
ベルナデットはじっと耳を傾けていた。
「あなたも辛かったでしょう」
ベルナデットは白い手を伸ばし、俺の手を取った。アグラーヤとの件を、気にしはしているようだが、ここで追及しても詮無いと考えたのだろう。口にできない不安を胸の内に置きながら、やさしい声を掛けてくれる。俺はベルナデットの手を握り返した。
語り合い、共感してくれる相手がいる。乾いた砂地に水がしむように、心に深く沁みる。冷え切った体を温かな水が解してくれるように、途切れずそれは注がれて、充たされ、隅々まで血が通っていく。
「こうして自分のことを話したのは、あなたが初めてだ」
「光栄なことなのかしら? でも、そう言われると悪い気はしないわ」
「あなたに嘘吐きと言われたくない」
ベルナデットが、ほかの女性との関わりをも話したから正直者だと納得してくれたかどうか。女心は複雑だから、“Oui.”と飛びついてくるほど簡単だとは、俺も思っていない。だが、彼の女は素を晒したからと逆手に取るような狡猾さを持った女性ではない。むしろ理解しようと心を砕いてくれる純真さを感じさせる。
一人の男として、俺を見て欲しい。
強運の人間でも試練のない人生はない。鋼の心の持ち主でも傷付く場面は回避したい。これまで辿ってきた人生は単なる経過した時間の集積ではない。何度も反芻したい思い出もあれば、消し去りたい出来事もある。
華やかさも耐え難い苦しみも味わってきた、人間同士、向き合いたい。
成長と未来が待つ幼い黄金時代に戻った気持ちで、ベルナデットに寄り添えたらと心から願う。
「あなたの昔のお話を聞いて、今、何を考えてここで暮らしているか、これからどうしたいか、もっと知りたくなった。
お仕事のことは無理でしょうけど、これからもあなたと色々な話をしていきたい」
「任務については話せない内容ばかりだ。そこは承知して欲しい」
「それは勿論。あなたが話していいと判断した範囲でいいの」
元々詮索好きの性質ではないようだし、こちらから先に仕事に関わらない程度の日常を伝えていれば、それ以上の干渉をしてこないだろう。ベルナデットも仕事に差し支えない程度で、婦人同伴の席に付いて来てくれると約束しているのだから、そこはお互い様だ。
「会える時間が作れそうな時はまめに連絡する。大使館の宿舎から引っ越しできるかも知れないから、その時は住所をちゃんと教える」
ベルナデットは意外そうだ。
「あら、武官さんが宿舎を出ていいの?」
「俺はそこまで下っ端じゃない」
ベルナデットは冗談と思ったらしいが、実現したら、きっと喜ぶ。




