十八
レヴァンドフスカは見る間に萎れて、泣き出しそうになった。なんとか堪えようと、肩を上下させている。
「モン・クザン、言い方が厳しすぎるのでは?」
ベルナデットはこの小娘を知らないから、気遣えるのだ。
「後先考えずに好奇心だけで行動したらどうなるか、理解できないお嬢さんなんです」
断言する俺に遠慮してか、ベルナデットは物言いたげだが、控えた。俺はテレーザと呼ばれた侍女に心付けを渡して、レヴァンドフスカ嬢を落ち着ける場所に案内しなさいと指示した。
待ってとまだ駄々をこねそうなので、言いたくもない台詞を言わなくてはならない。
「マドモワゼル・レヴァンドフスカ、この次お会いする機会があるのなら、形だけの儀礼ではなく、男性が見惚れるような優雅さを身に着けていてください。
ご機嫌よろしう」
恨めし気に小娘が睨んだ。だが、俺の言い分を聞く気になったのだろう。ご機嫌よろしう、とレヴァンドフスカは小さく返した。ベルナデットも合わせるようにお辞儀をした。
小娘たちと正反対の方向に進みながら、ベルナデットが俺に囁いた。
「良かったの?」
「いいも悪いも、伯爵家の令嬢がちょこまかと歩き回っては、男性同士の話し合いに割り込んできたり、今日もかくれんぼ仲間を見付けたとばかり声を掛けてきたり、みっともない」
百貨店で万引きしようとしたり、男を部屋に連れ込んで二人きりになろうとしたり、全くなっていない、品性に欠ける。同じ年齢の頃のアグラーヤは行動力が並みの令嬢と違っていたが、まだ相手を慮る知性や理性的な自尊心があった。
「わたしの記憶に間違えなければ、イタリア座でデュ・シャトレーご夫妻の近くにいらしたお嬢さんかしら?」
「よく覚えていたね、その通りだ」
「お綺麗な方でしたからね。まだ服を着せられるだけで、着こなしや工夫はまだまだお若いからと思っていました」
ベルナデットから見ても、女の出来としては発展途上なのだろう。だが、意外なことを言い出した。
「アンヌも父からあんなふうにあしらわれていたのかしらと、途中から可哀想になっていました」
「まさか」
伯父がいくらマリー゠フランソワーズを愛していたからといって、マリー゠アンヌの示す好意に知らぬ振りを通したとしても、辛く当たったりしなかっただろう。それにレヴァンドフスカは当時のマリー゠アンヌより幾つか上の年齢のはず。縁談が出てもおかしくない年頃なのだから、自重して行動しなければならない身だ。
「いいえ、あのお嬢さんはあなたが好きなのだと判ります」
同情を寄せている様子に慌てた。もしかしたら酷い奴だと思われただろうか。しかし、あの小娘に気を持たせる真似はかえって罪になる。
「俺はあの娘を好いていない。まして未婚の貴族の令嬢と親しくしたら、その父親から睨まれる。俺に得は何もない。
分別が付くようにと警告してやるのが一番だ」
「それもそうだけど、あの場でお嬢さんが泣き出していたら、どうするつもりだったの?」
「癇の強い子どもが泣き出したら、ボンボンか果物の砂糖漬けを渡してなだめるさ」
案外意地悪ねと、ベルナデットは苦笑した。興味のない女性に一顧だにしないのだから、褒めて欲しい。
「とんだ邪魔が入った。それよりもあなたの憧れの『カフェ・ド・ラ・ペ』だ」
さんざお預けを喰らっていたのだから、ベルナデットは嬉しそうだ。そうだ、それでいい。今日は二人で過す為にここに来た。
給仕に案内されて、席に着く。洗練された空間。厳選された品書きと食材。
あなたは眼差し一つ貴婦人と変わらない。仕草も会話も品よく、快い。
あなたの白い手が触れ、口付けを受ける茶碗が妬ましい。俺があなたに触れ、唇をどこから付けようかと、想像してしまいそうだ。
いや、先走りして疑われでもしたらおしまいだ。俺はあなたを知り、あなたに俺を知ってもらいたい。我々はそうあって当然なのだから。