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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
208/486

十八

 レヴァンドフスカは見る間に萎れて、泣き出しそうになった。なんとか堪えようと、肩を上下させている。

「モン・クザン、言い方が厳しすぎるのでは?」

 ベルナデットはこの小娘を知らないから、気遣えるのだ。

「後先考えずに好奇心だけで行動したらどうなるか、理解できないお嬢さんなんです」

 断言する俺に遠慮してか、ベルナデットは物言いたげだが、控えた。俺はテレーザと呼ばれた侍女に心付けを渡して、レヴァンドフスカ嬢を落ち着ける場所に案内しなさいと指示した。

 待ってとまだ駄々をこねそうなので、言いたくもない台詞を言わなくてはならない。

「マドモワゼル・レヴァンドフスカ、この次お会いする機会があるのなら、形だけの儀礼(マナー)ではなく、男性が見惚れるような優雅さを身に着けていてください。

 ご機嫌よろしう」

 恨めし気に小娘が睨んだ。だが、俺の言い分を聞く気になったのだろう。ご機嫌よろしう、とレヴァンドフスカは小さく返した。ベルナデットも合わせるようにお辞儀をした。

 小娘たちと正反対の方向に進みながら、ベルナデットが俺に囁いた。

「良かったの?」

「いいも悪いも、伯爵家の令嬢がちょこまかと歩き回っては、男性同士の話し合いに割り込んできたり、今日もかくれんぼ仲間を見付けたとばかり声を掛けてきたり、みっともない」

 百貨店(デパート)で万引きしようとしたり、男を部屋に連れ込んで二人きりになろうとしたり、全くなっていない、品性に欠ける。同じ年齢の頃のアグラーヤは行動力が並みの令嬢と違っていたが、まだ相手を慮る知性や理性的な自尊心があった。

「わたしの記憶に間違えなければ、イタリア座でデュ・シャトレーご夫妻の近くにいらしたお嬢さんかしら?」

「よく覚えていたね、その通りだ」

「お綺麗な方でしたからね。まだ服を着せられるだけで、着こなしや工夫はまだまだお若いからと思っていました」

 ベルナデットから見ても、女の出来としては発展途上なのだろう。だが、意外なことを言い出した。

「アンヌも父からあんなふうにあしらわれていたのかしらと、途中から可哀想になっていました」

「まさか」

 伯父がいくらマリー゠フランソワーズを愛していたからといって、マリー゠アンヌの示す好意に知らぬ振りを通したとしても、辛く当たったりしなかっただろう。それにレヴァンドフスカは当時のマリー゠アンヌより幾つか上の年齢のはず。縁談が出てもおかしくない年頃なのだから、自重して行動しなければならない身だ。

「いいえ、あのお嬢さんはあなたが好きなのだと判ります」

 同情を寄せている様子に慌てた。もしかしたら酷い奴だと思われただろうか。しかし、あの小娘に気を持たせる真似はかえって罪になる。

「俺はあの娘を好いていない。まして未婚の貴族の令嬢と親しくしたら、その父親から睨まれる。俺に得は何もない。

 分別が付くようにと警告してやるのが一番だ」

「それもそうだけど、あの場でお嬢さんが泣き出していたら、どうするつもりだったの?」

「癇の強い子どもが泣き出したら、ボンボンか果物の砂糖漬けを渡してなだめるさ」

 案外意地悪ねと、ベルナデットは苦笑した。興味のない女性に一顧だにしないのだから、褒めて欲しい。

「とんだ邪魔が入った。それよりもあなたの憧れの『カフェ・ド・ラ・ペ』だ」

 さんざお預けを喰らっていたのだから、ベルナデットは嬉しそうだ。そうだ、それでいい。今日は二人で過す為にここに来た。

 給仕に案内されて、席に着く。洗練された空間。厳選された品書きと食材。

 あなたは眼差し一つ貴婦人と変わらない。仕草も会話も品よく、快い。

 あなたの白い手が触れ、口付けを受ける茶碗が妬ましい。俺があなたに触れ、唇をどこから付けようかと、想像してしまいそうだ。

 いや、先走りして疑われでもしたらおしまいだ。俺はあなたを知り、あなたに俺を知ってもらいたい。我々はそうあって当然なのだから。

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