十七
ローンフェルト氏の息子が声を掛けたところから、会話がドイツ語だ。頭の中がドイツ語に切り替わった感じなのだが、ベルナデットはドイツ語を解さないはずだ。左脇を見ると、痛ましくなってくるくらい、目を見開いたままだ。
折角二人での外出を気兼ねなく過そうとしているのに、アグラーヤはともかく、何故蜂のような小娘までいるのだ。
まずはベルナデットだ。
「マ・クズィーヌ、俺が故郷や伯林で知り合った方々です。紹介しますから驚かないで落ち着いてください。皆さん、フランス語ができますから」
従妹と呼び掛けられて、我に返ったのか、ベルナデットは縋るように俺に肯いた。
「ええ、大丈夫です、モン・クザン」
どちらが先かと迷ったが、うるさい方にした。
「マドモワゼル方、こちらは先のリンデンバウム女伯爵の姪で、俺の従妹のマドモワゼル・ベルナデット・ド・ラ・ヴァリエール。
マ・クズィーヌ、こちらは伯林にお住いのレヴァンドフスキ伯爵のお嬢さん」
洗礼名のヨアンナを覚えているが、わざと略した。小娘は気を悪くしたふうもなく、ヨアンナ・レヴァンドフスカです、よろしくと、挨拶した。伯爵令嬢と聞いて、ベルナデットはぎこちなく挨拶を返した。
俺はアグラーヤに向いた。
「マ・クズィーヌ、こちらが明日会う予定だったカレンブルクでの友人、アグラーヤ・フォン・ハーゼルブルグ子爵令嬢です。それと、マドモワゼルのいらっしゃるローンフェルト家のお子様方」
「初めまして、アグラーヤです」
「こちらこそ初めまして、ベルナデットです」
子どもたちは元気よく、あんしゃんて~! と言って右手を差し出した。ベルナデットもレヴァンドフスカも子どもたちに愛想よく振る舞った。
「フランス語でのご挨拶が良くできましたね。でも大きな声で皆さんを驚かせたのはいけませんでしたよ。
お部屋に戻りましょうね。沢山の人がいて怖いと泣き出してきたのですから、きちんとお休みして、お父様、お母様を安心させなくてはいけませんよ」
「はい、フロイライン」
アグラーヤは子どもたちに言い聞かせて、申し訳なさそうに俺たちに告げた。
「ごめんなさいね、坊ちゃんたちのお相手があるものですから、失礼いたします。
明日またお会いするのを楽しみにしております」
アグラーヤはお辞儀をして子どもたちを連れて去っていった。事情が事情だから仕方がない。アグラーヤを引き留めて、大事な役目を投げ出させられない。
レヴァンドフスカこそ退散して欲しいが、無碍に追い払えない。
「こちらがテレーザよ」
と、いつだかホテルで顔を合わせた侍女を指し示した。
「父上を心配させてはいけないから、お戻りになったら如何かな?」
「従妹さんならお邪魔でもないでしょう?」
言葉にしなかったが、俺は渋面で答えた。侍女が気にして小娘に注意しようとする。こいつめ、澄まして無視している。
ベルナデットにも聞き取れるように言った。
「従妹は従妹だが、滅多に会えない機会だから、二人でゆっくりと話がしたくてここに来た。
貴女は言動が軽々しいと親や侍女からたしなめられた経験がないのか?」
小娘はむっとなった。知るか。親の資産や身分で気ままに振る舞っていられると自覚に乏しいのだから、幾らでも言ってやる。
「貴女は俺から再三注意されても、端から忘れていくようだ」
「ひどいわ、あなたが親しくされている人とはわたしだって親しくなりたいと思うじゃない」
何の理屈だ。
「俺は伯爵令嬢と親しくしたいと申し出た覚えはないし、お断りし続けている。それなのに、度々しゃしゃり出てくるとは迷惑はなはだしい。お父上から難癖つけられかねないのはこちらなのだから、いい加減にしてくれ」