十六
改めてベルナデットの手を握りしめた。
「あなたが俺を信じてくれるのを願って、努めよう。
決して軽薄から言っているのではない。あなたは美しい」
「有難う」
俺を見詰める瞳のきらめきは喜びからだと、心に刻みつけたい。この世の中の数少ない真実だと受け取って欲しい。
見交わす我々の間に妨げはない。
奪うのでもない、許しを乞うのでもない、お互いが求め合っている。
季節よ、この風を止めよ。緑と花の香りの充ち、豊かな実りに思いを馳せるひとときよ。
このまま彼の女を抱き締め、唇を寄せたくなるのを堪えた。
「行こう。グランドホテルはまだ先だし、女性が見て楽しい店先はまだまだある」
ベルナデットが肯いた。性急な振る舞いは女性の心を失望させるし、ここは往来だ。紳士淑女らしくしていようじゃないか。腕を組み直し、店先の窓に飾られる宝飾品や衣装を見ながら、ベルナデットが品評を聞かせてくれる。
「中に入って、よく見てみないか」
「いいの?」
女性向けのハンカチやリボンなどの装飾品や雑貨の店に入って、一通り品物を眺めた。男には退屈極まりないのだが、女性には大切な品定め。小物一つ針目や色使いを矯めつ眇めつしながら、いいの悪いのと手に取りながら俺に説明してくれる。彼の女が持つに相応しいか、値段に釣り合う価値があるのか、さっぱり判らないが、ベルナデットが面白いのなら、時間を気にしない日なら、たまには付き合うさ。
白いハンカチの多少サイズが大きいのと小さいのを、銃を部品から組み立てようとしている士官候補生みたいな顔をして見比べているので、可笑しくなってきた。二枚どころか一ダース送っても俺の懐は痛まない。申し出てみると、ベルナデットは断った。
「そんなに沢山欲しくているのじゃないんですもの。持っていて、どちらが使い勝手がいいかなと考えたんです。あなたならどちらがいい?」
「ポケットに綺麗に収まるのもいいが、何かあった時に物を包んだり、包帯代わりに使えるのも便利だ。でもそれは女性ものの使い方じゃないだろう?」
俺の答え方を面白いと感じたのか、ベルナデットは大ぶりの方を選んだ。自分で買うからと、店員に申しつけた。
「これくらい自分で払うわ」
彼の女が言うのなら従おう。格好つけるのにも強く言い張るのは見苦しい。どうせお茶の席での支払いは俺になる。
上機嫌でベルナデットと店を出た。足取りも軽く、目的の場所に着いた。
「ここなのね」
グランドホテルに入った。ロビーと、待ち合わせや社交の場となっているカフェ・ド・ラ・ペのある一階。広々として、優雅な造りにベルナデットは息を飲み、ぐるりと見回した。
「あなたが来たがっていた場所だ」
「素敵だわ」
と呟きが聞こえた。
「では、お望みのカフェに入って休憩しよう」
「そうしましょう」
見回して、カフェの入口を確かめて、そちらへ移動しようとしたところに、急に声を掛けられた。
「ヘル・アレティン!」
子どもの声に驚いて、振り向くと、身なりのいい子どもが二人にアグラーヤがいた。
「ほら、やっぱりフロイラインのお友だちの男の人だったでしょ!」
大きい声を出してはいけませんよと、子どもをたしなめつつ、アグラーヤは近付き、挨拶してきた。
「ご機嫌よう、アレティンさま。お出掛け先で、お嬢さんが人混みを嫌がって、坊ちゃんも連れて今、戻ってきたばかりなんです。失礼しました」
混雑の中で子どもたちが退屈しはじめたので、先に帰ってきた、といったところなのか。
「まあ、アレティン大尉、こんな所でお会いできるなんて思いもよりませんでしたわ、ご機嫌よう」
ああ、この声は……。うるさい小娘。
「ご機嫌よろしう、フロイライン・レヴァンドフスカ、貴女の宿泊先はホテルリーヴルだったのでは?」
「父がこちらに宿泊なさっているお知り合いとお話している間、少し歩き回っていましたの。こちらの方々は? ご紹介してくださいます?」
巴里にはホテルやカフェがほかにもごまんとあるのに、なんでここに一度に集まらなければならないのだ。