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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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十四

 外に出て、ゆっくりと歩きながら、ベルナデットが言った。

「母からマドモワゼル・ハーゼルブルグのお話はたまに聞きますけれど、オスカーとはどのようなお知り合いなの?」

 下手に誤魔化さずに答えた方がいいのだろうが、まず先に決めておきたい。

「それは説明するが、どこに行くか決めたい。橋を渡って、リュクサンブール公園に行くか、嫌いでなければブールヴァールの通りの店先を眺めながら歩き、どこかの店で休息をしようと考えていたのだが、あなたはどちらがいい?」

 ベルナデットは上目遣いに瞳をぐるりと巡らす。

「ブールヴァールを歩いて、その先のグランドホテルの『カフェ・ド・ラ・ペ』に連れていってくれたら素敵だなと、期待していました」

 成程。俺もそうだが、彼の女もめかしこんでいる。グランドホテルに入って悪目立ちするような場違いな服装ではない。菫色のドレスに青い軽めの上着を羽織り、ドレスと同色の帽子、耳には琥珀の飾りが揺れている。陽光を思わせる明るさが、重い色合いを軽やかに引き立てている。

 アグラーヤはローンフェルト一家とお出掛けだから、日の出ている時間帯に行ってもかち合わないだろう。

「では、そうしよう」

 改めて、ベルナデットと腕を組んだ。歩きながら、アグラーヤとは十代の頃、フェリシア伯母の家で出会って、紹介を受けたこと、その後偶然再会して、時々消息を取り合うようになったこと、アレティン商会と取引のあるフランクフルトの商人の家で家庭教師をしていることなどを順々に聞かせた。アガーテの件は伏せた。

「母も言っていましたけれど、子爵家のお嬢さんなのに、王族や大貴族ではないところに住み込んでお勤めをなさるなんて、進歩的なのか、枠にはめられるのがお嫌いなのか、独立心の強い方なのだと思います」

「戦場で臆せず戦うとは別の次元の強さを持っています。縁談に恵まれなかったからと本人は言っていましたけれどね」

「縁談……」

 ベルナデットは一つ溜息を吐いた。

「円満に結婚するのって、簡単に行く人と行かない人がいるのは不思議だわ」

 理由を問おうとすると、ベルナデットは宝飾店の店先の商品に目が行き、そちらに足を向けようとする。それに合わせて、一緒に覗き込むようにして、ベルナデットを見た。もうきらきらと光を反射する首飾りや耳飾りしか見ていない。

 ラ・ヴァリエール家の女たちは男運が悪いと言っていたし、彼の女としては話題にしたくないのだろうか。しかし、触れないままにはいられない、俺の心は小波(さざなみ)で揺れた。

「あなたの母上やマドモワゼル・ハーゼルブルグに限ったことではないという謎かけか?」

 ベルナデットは俺を見た。青い瞳は寂し気に訴えかけるものがあった。

「そうね、わたしもアンヌも、上手く行かなかった。黙っている気はないから、お話しましょうね」

 ベルナデットの視線の先には豪華なダイヤモンドの指輪があった。

「母がアンヌの父親について、若い頃の恋の結果としか言わないのと同じように、アンヌもそうとしか言ってくれないわ。

 初恋の相手がベルンハルト――父――だったとしても、少女時代の自分には見向きもせずに母と結婚して、すぐに死んじゃって、わたしが生まれて、アンヌはアンヌなりに恋愛や結婚に関して考えるところはあったんじゃないかしら? それにお針子(グリゼット)って、母が洋裁店の店主だといっても、世間じゃ軽く見られがちの職業。身持ちを固くして過してきて、結婚どころか男を寄せ付けない感じで母と仕事をしてきて、二十歳を過ぎた。本人がどう思っていたかより、母の方が心配していたらしいの。いくら父親のいない娘でも、女らしい仕合せを求めないでいていいなんて考えなくてもいいのよって」

 宝飾品を見るのに満足したらしく、そこまで語ると、行きましょうとベルナデットは促した。

「アンヌだって綺麗だし、お人形さんじゃない。お付き合いしてくれと言ってくる男性が何人かいたらしいの。その中の誰かと、付き合って、――母と同じような事情かどうかしならないけれど――、結婚できず、ルイーズが生まれた。

 真剣なお付き合いの結果なのだから、母やアンヌをふしだらだなんて決めつけないでね」

 俺は肯いた。火遊びでも子どもは授かる。まして、真情からあふれ出た行動の結果であるなら、誰がそれを責められよう。責められるなら女性だけを被告席に立たせてはいけない。俺もそれを問われる人間だ。

「世の中には逆らえない流れがある。神以外に判断してはならない」

「そう、神様以外はね」

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