十三
明けて日曜日、生憎と前日のような晴ではなかった。薄い影ができるかできないかくらいの頼りない日の光。朝は教会に行かずとも祈りを捧げ、気持ちを落ち着けて、午前中はのんびりと時間を過した。
ベルナデットを散歩に連れ出す前に、マリー゠フランソワーズに明日の午後、『ティユル』にアグラーヤを連れていくと説明しなくてはならないことや、散歩に出たとして、どこをどう行こうかと考えていた。案外、色々と頭を使っていても時は早く過ぎないものだ。何度か時計を見遣り、巴里の名所の地図を眺めた。
今日は昼食後に外出すると告げているし、日曜日であるので、皆それぞれの用事や遊び事で、俺に関心を払わない。シュタインベルガー大佐が連日のお出掛けになるそうだなと、一睨みくれた程度だ。大佐も俺に構うだけが仕事ではない。ゴルツ大使と王太子殿下の宿泊先の確認やら、褒章授与式に伴う宴会の時間帯の打ち合わせやらがあり、お疲れのよう。放っておいた方が親切というものだ。
昼食を摂って、身だしなみを整え、大使館を出た。途中で花を買って、手土産だ。たとえ雲が多い空模様でも、気持ちは澄んでいる。
『ティユル』の店先まで着くと、二階の窓から声を掛けられた。
「こんにちは、ムシュウ!」
可愛い姪っ子のルイーズだ。俺が来るのを待ち構えていたのだろうか。
「今日はお休みで表を閉めているから、裏から入ってもらいます。今、お姉さんが出て案内しますね」
一家総出で、ベルナデット一人の客に興味津々でいるのが察せられて、女性の好奇心に警戒したくなる。
「こんにちは、オスカー」
「こんにちは、ベルナデット、マ・クズィーヌ」
巻き舌っぽい発音で俺の名を呼び、ベルナデットは俺に近付き、頬に唇を寄せた。従兄妹同士で自然な挨拶の仕草。
ベルナデットに誘われて、家に入った。マリー゠フランソワーズも、マリー゠アンヌもルイーズもずらりと並んでいる。
「こんにちは、皆様方。ご機嫌よろしいようで?」
「こんにちは、お陰様で元気にしていますよ」
花束をマリー゠フランソワーズに渡し、決まり文句だが、ベルナデットを散歩に誘う旨を申し出た。
どうぞ行ってらっしゃいと、母親はにこやかだ。
「ここを出る前に、奥様にお許しをいただきたい事柄があります」
「何かしら?」
「奥様が時々手紙を遣り取りしている、マドモワゼル・ハーゼルブルグなのですが、彼の女は今、巴里に来ています。私に連絡が来まして、ぜひこちらに伺いたいと言っています。それで、雇い主が明日の午後ならと休みをくれたので、彼の女を連れてきたいのですが、よろしいでしょうか?」
マリー゠フランソワーズはまあ、と言いながら嬉しそうだ。マリー゠アンヌとベルナデットはよく判らないらしく、どなたと母に尋ねた。
「時々手紙をくれるカレンブルク出身の家庭教師のお嬢さんよ。この方もリンデンバウム伯爵家を通じて知り合ったの。お会いできるなんて楽しみだわ。明日の午後は臨時でお休みにして、お待ちしています」
娘二人は母の説明に思い当たったらしく、それなら歓迎しますと同意した。
「良かった。今日の明日の、と急かしてしまうので、都合が悪いと言われたらどうしようかと思っていました」
「あなたは大切な甥で、マドモワゼル・ハーゼルブルグはお手紙を通じてですが、大事な若いお友だち。お断りなんてしません。
さ、ここでお喋りしていたら日が暮れてしまうわ。ベルナデットとお散歩に行ってらっしゃいな、オスカー」
「有難うございます、伯母上。では、ベルナデットと出掛けてまいります」
俺はベルナデットの手を取った。見送るのは大袈裟だからと、室内で三人、小さく手を振ってくれた。