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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
202/486

十二

 結果的には充分な成果が得られたといっていいだろう。アンドレーアスに続いて、俺はベルナデットと出会い、家を訪問することになった経過を白状する破目となったが、不審を呼ばない程度に省ける点は省いて説明した。それでアグラーヤが満足してくれたと信じたい。

 次いで、休暇の申請をするのに、空手形ではない証明代わりに二人でローンフェルト夫妻の部屋まで付いていった。

 アグラーヤの文通相手に面会しに行くのに、俺がエスコートしてくれるのならと快く夫人は承諾してくれた。有難い。月曜日の午後から夕食前までにホテルに戻る約束で、休みを取れた。

 簡単に行かなかったのはアンドレーアスの方だ。ご婦人向けの品と聞けば、ローンフェルト夫人も黙っていられず、また商売っ気を持つのはアンドレーアスだけではない。子ども抜きで、フランスやイングランドの物産を品定めしなくてはと、ローンフェルト氏自身が身を乗り出してきた。子爵令嬢のアグラーヤとだけでなく、ローンフェルト夫妻とも一緒にお出掛けしなくてはならなくなった。アンドレーアスとしては、楽しくなかろうが、二人で是非と強調し難い内容だったので、諦めるしかない。

 初対面であったが、ローンフェルト氏はアンドレーアスと旧知の仲であり、その乳兄弟の俺に実に気さくに対応してくれた。大使館の駐在武官であると知り、多くの貴賓が来仏していて、警備に苦労されているでしょうとか、巴里を楽しんでいますかとか、当たり障りない話題を振り、家庭教師の昔からの馴染みである人間を観察し、分類していたようでもある。都会育ちの人間らしいとえばらしい。

 俺が現在大使館の宿舎暮らしだと聞くと、若い方が窮屈ではないですかと尋ねてきた。

「多少の不便がありますが、一人ものですし、万国博覧会が終わるまで、下宿や長期滞在用のホテルの空きは無さそうですので、時期を待っています」

「ああ、下宿人を探している家主に心当たりがありますよ。何、ディナスさんやフロイライン・ハーゼルブルグのお知り合いで、プロイセン大使館にお勤めの方だと言えば、保証があるも同然ですし、家賃の支払いに心配もない。ご紹介しましょう」

「ご親切に有難うございます。ご厚意に甘えます」

「常日頃から、アレティン大尉のお人柄は聞いております。ご安心ください」

 アンドレーアスやアグラーヤが俺をどう伝えているのか、気掛かりでもあるが、これは利用させてもらおう。

 上手くやったな、とアンドレーアスが後から肩を叩いて囁いた。コネとツキは使える時に使わなくては損をする。恩は返すものだから、それは忘れずにいるさ。

 大使館に帰ってから、朝、文使いを頼んで下働きから、そっと紙片を渡された。みんなには内緒にしていますよ、と耳元で言われたので、改めて駄賃を渡した。

 部屋に入り、紙片を開いて読んだ。ベルナデットからだ。


 ――午後の散歩を楽しみにしています。お知らせの時間に迎えに来てください。B。


 俺も楽しみで仕方がない。

 巴里の生活にやっと彩りが出てきたような気がする。

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