十
「俺だって巴里に赴任してきてからすぐにプロイセンから王様が来て、ご帰国遊ばされて、やっと巴里を見物して回れたんだ。
巴里で一人のマドモワゼルと会って……」
アンドレーアスは手を振って、遮った。
「経過は略していいから、結論を説明してくれ。つまりマグダレナ奥様の兄上の家族が巴里に住んでいるんだろう?」
俺の方が母親の名前を忘れそうになっているのに、アンドレーアスはきちんと覚えている。
「ベルンハルト様が巴里で客死なさって、家族もいたとは聞いていたが、詳細を知らん。知っていたら、色々とこちらも連絡していたのに、あんたときたら呑気なものだ」
「はっきりと知ったのは一昨日だ。その知り合ったマドモワゼルの話を聞いていたら、フェリシア伯母の昔話と符合すると気付いて、彼の女の家に行ったんだ。それで彼の女の母上はベルンハルト伯父の妻で、彼の女は従妹だったと判ったんだ」
「どうして知り合って、話を聞こうとしたのか、野暮は訊かない」
有難い。アンドーアスとアグラーヤにそれぞれ説明する手間が省ける。二人とも『ティユル』に興味があるだろうから、話を進めよう。しかし、アグラーヤが許さなかった。
「あら、わたしは詳しくお話を聞きたいわ。アレティンさまが見知らぬ女性と出会われて、お話からお宅を訪問なさろうとするのですもの、きっと素敵な方で、お話も弾んだのでしょう?」
にっこりとしながら、アグラーヤ、何故有無を言わせぬ怖さがある?
「フロイライン、貴女も彼の女に会えば判ります。どことなくフェリシア伯母の面影に似ています」
「それだけ?」
「は?」
「それだけではないのでしょう?」
たじろぎそうになりながら、顔に出さぬよう、答えにならぬ答えをした。
「お近づきの印に何か贈り物をしたいと申し出たら、アメリカ製のミシンが欲しいと言われました。洋裁の仕事に楽しんで取り組んでいるようで、ぜひフロイラインにも『ティユル』の皆さんを紹介したいし、アンドレーアスにも有望な店と判断してもらえたら、ミシンを買い付けたいと、ここで二人に申し出ました」
子爵令嬢の様子を気にも留めず、アンドレーアスは俺に言ってくる。
「あんたの縁者なのだから、アレティン商会とは無縁ではない。喜んで会うさ。ただミシンの一台や二台、自腹で買ってくれ。投資するかどうかは別問題だ。
マグダレナ奥様やリンデンバウム女伯爵様の姪で、似ているとなれば、美人だな。亜麻色の髪? それとも黒髪?」
アグラーヤは乱れてもいないのに、耳元の髪をかき上げる仕草をした。
「黒い髪だ」
「まあ、フェリシア様と同じ」
アグラーヤは故人を懐かしむように表情を和らげた。安堵してもいいだろうか。ベルナデットのどこに俺が惹かれたか、アグラーヤがそんな探求心を抱いた理由を知りたくない。知っても益がないような気がする。
女性の感情は測りがたい。測れたところで、正しい対処ができるとは限らない。気付かぬ振りで通したい。




