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君影草  作者: 惠美子
第二十二章 巴里の空の下
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 女性や子どもたちの許に行くのだからと、昼は軽いビールを一杯くらいで止めておこうと、バイエルン風の食堂で品書きを見ながら、注文した。小麦を使った香りの強くないビールなら、食後の酔いはすぐ醒め、酒臭くならないだろうと、アンドレーアスと俺の意見は一致した。爽やかな口当たりのビールを飲みながら、ヴルストの盛り合わせと、大分小麦の割合が高いライ麦入りのパンを食べた。

「小麦だけを使った白いパンが高級だと言うが、この国のバゲットはパリパリとしていて手で千切れないくらいだ。うっかり放置しておくと歯が立たないぐらい硬くなる」

「国ごとに小麦や大麦、ライ麦の出来や品質も多少違ってくるのは葡萄酒と同じさ。フランスではカチカチになったパンを卵や牛乳を溶いたのに漬けこんで、焼いて食べるそうだ。ジャムや蜂蜜を乗っければ、子どものおやつや腹の虫押さえに丁度いいらしい」

「ほう、イングランド人の船乗りが余った食べ物に溶き卵や牛乳を加えて蒸し上げて、プディングを発明したみたいなものか?」

「プディングの由来は知らないが、今説明したパンの食べ方をフランスでは失われたパン(パン・ペルデュー)と呼ぶんだ」

「おまえが言うと、意味ありげな言葉に聞こえる。経済用語のようだ」

 アンドレーアスは、鋭いじゃないかと肩をすくめた。

「実際、回収できなかった投資、損を取り戻せなかった時の隠語さ。でも、石みたいに硬くなったパンを美味しく食べる調理法として聞けば、面白い」

 アグラーヤとの話のタネにしてみても良さそうな話だ。ビスキュイよりも手間暇かからず、子どもに食べさせられる。

 食べ終わって、お互い食べ零していないかとからかい合いながら点検して、万博会場のシャン・ド・マルスを出た。見物客が乗り込むのをあてにした辻馬車はすぐに捉まえられる。

 馬車の中でも、二人でフランスの物産で気に入った品はとお互い意見を話していたら、すぐにグランドホテルに到着した。

 今回の万国博覧会に合わせるように、四、五年前に完成させた貴賓やブルジョワ層向けのホテルだそうだ。合わせて着工したはずの新しいオペラ座は地下水の水脈が真下にある所為で、難工事になり、まだお目見えしていない。

 流石は安宿や大使館の職員向けの宿舎部分とは違う。ベルナデットが一階にあるカフェに一度入ってみたいと希望するのも肯ける。ロビーは単に広いだけでなく、慌ただしさの一切がなく、ゆったりとした雰囲気が高い天井と豪華なシャンデリア、大きなガラスの窓などから醸し出されている。階段の手すりの装飾の華奢な鋳鉄の細工。ここに宿泊している上流階級の人々のように品よく振る舞い、溶けこんでしまいたくなる、優雅な上昇の気分。

 その分、駄賃(チップ)を惜しんだら、お里が知られる。

 出し惜しみなく、ローンフェルト夫妻の家庭教師の女性と面会したいと宿の従業員に連絡を依頼した。

 待たされるかと思っていたが、それほど間を置かず、尋ね人は姿を現した。家庭教師らしく地味な重めの色のドレスを着て、金髪をくるりとまとめて後ろで留めている。それでも、元々持つ気品や性質の気高さ、容姿の美しさを覆い隠せない。変わらぬ輝きを身に纏い、アグラーヤは再会の喜びを面に浮かべていた。

「ご機嫌よう、アレティンさま、ディナスさま。お久し振りです。お変わりなくお過しでしたか?」

「ご機嫌よろしう、フロイライン・ハーゼルブルグ。変わりなく息災に過しております。フロイラインこそ、お元気そうで何よりです」

 騎士とその乳兄弟は子爵令嬢に相応しいお辞儀をした。

 参考

  『絵本世界の食事1 フランスのごはん』 文 銀城康子 絵 マルタン・フェノ 農文協 

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